act.2 『一触即発 ー2人の女神』

「いよいよやばくなってきたな」

 ざわめきの中、男子生徒は困ったように溜息を吐きながら髪を掻き上げる。その前では秋島南、島根鳥子、2人の女会長が女王陛下に果敢に挑んでいる。

「これ、勝てる勝負か?」

 隣の男子生徒が囁くように問う。

「無理。黒薔薇の女王陛下が相手じゃ、さすがの姉貴たちも分が悪い」

「止める時機を失した感じ? お前にしては珍しいじゃん、千鳥ちどり

 にやりと笑う男子生徒に、髪を掻き上げた手をそのまま頭に当てて思案していた男子生徒、島根千鳥しまねちどりは隣の席に恨めしげな目を向ける。

「お前の姉貴があそこで立ち上がらなきゃ、こうはならなかったんだよ」

「無理無理。あそこで立ち上がらなきゃ、うちの姉貴じゃねーもん」

「正義感だけで生きていけるか」

「だいたい最初に異議を唱えた文句を言ったのは鳥子ちゃんだろ? 千鳥こそ、自分の姉貴、止めりゃよかったじゃん」

光葉舎うちの会長は秋島南。姉貴じゃない」

「鳥子ちゃんは朋坂高うちの会長だっけ?」

「姉貴を止めるのはお前の役目だ、都波つなみ

 なんだかんだと結局2人とも押しつけられていることに秋島都波あきしまつなみが気づくのは、大評議会が終わってからのことである。

「勝てる勝負だけが勝負じゃない。負けるとわかってなお、己の信念を貫くために挑んでこそ道」

「なに英華えいかみたいなこと言ってんだよ?」

 学都桜花きっての武道の強豪校、私立英華高等学校。それこそ英華高校生なら、負ける勝負に挑んで勝つこともあるだろうけれどと呆れる都波に、千鳥の目は進行席に着く有村克也を見る。

「英華ならあそこにも1人、いるんだけどな」

「執行部の有村だろ? いつも無表情でなに考えてんだか」

「学都桜花最高の頭脳集団シンクタンクも、所詮女王陛下の下僕げぼくか。

 それより松藤の今川っていうのは?」

 現会長である秋島南が卒業する来月から、新年度生徒会発足前会長代行を務めることになる私立光葉舎高等学校2年生の島根千鳥は、現状より新年度が気になるらしい。

「いや、俺もそれ、完全ノーマーク」

 元々女王陛下が卒業に当たり、何かしら置き土産をしていくだろうことは想定内のこと。とはいえ後継の指名は予想外であり、指名された人物についても想定外である。

 千鳥同様、島根鳥子の代行を務めることになっている私立朋坂高等学校2年生の秋島都波も思案する。

「よりによって松藤の生徒を選ぶなんて、わかってやってるとしか思えないな、あの女王は」

「あそこは下手に探ろうとしたらやぶ蛇だからな。陰険な仕返しばっか考えやがって」

「あんたたち、なにごちゃごちゃ言ってるのよ!」

 不意に秋島南が2人の後輩を叱咤する。続くのはもちろん鳥子である。

「松藤弐年の今川基春は、生徒会役員の1人よ」

 2人の後輩は広い議事堂内、すぐさまブルーグレイのブレザーを探す。

 東西と南北のあいだに位置するブロックが中央区。現在、代表議会ペンタグラム中央区の副都を務める松藤学園の席は、彼らと同じ最前列。それでも一番端に当たる北区ブロックからは、緩くカーブを描く座席に助けられ、辛うじてその姿を捉えることが出来る。

 2人の女会長に、ボチボチ賛同する会長たちの抗議が総代ただ1人に向けられる中、その様子を、机に両手で頬杖をついて眺めているのが現在、裏央都うらおうとと呼ばれ、自治会内でも特殊な位置にある松藤学園生徒会の実権を握る同校生徒会会長の桑園真寿見くわぞのますみ

 長く伸ばした髪をゆるく1つに束ねているが、性別は男。かすかに見えるその横顔が笑っているような気がするのは、千鳥や都波の気のせいだろうか?

 だが問題は彼ではない。現在参年生の桑園には、その代行を務める人物が同席しているはず。都波はその顔を確かめようとするが、名前すら知らなかった相手である。顔を見たところで本人かどうか、わかるはずもない。

 隣の千鳥が見たのは、事前に配布されたこの大評議会のプログラム。出席者全員の名前が載っているはず。

松葉晴美まつばはるみ? 今川じゃないのか?」

 少し乱暴にページをめくった千鳥の声に、腰を浮かしかけた都波は力が抜けたようにすわり直す。

「松藤の生徒会ってどうなってるんだ? なんで黒薔薇派が役員に?」

 鳥子、南、どちらにともなく尋ねる都波だが、姉の南は言う。

「あたしらがあげられる情報はそれだけ。あとは自分たちで調べなさい」

 その程度のことも出来なくて代行が務まるかと言わんばかり。

「それより覚悟しなさいよ」

 鳥子が前を向いたまま言う。

「そろそろ伝家の宝刀を抜く気よ、あの女」

 彼女が言う 「伝家の宝刀」 とはなんなのか? 「あの女」 が誰なのか? どちらもあえて言うまでもないだろう。

 千鳥、都波とほぼ同じタイミングで議事堂の隅に立つ黒服の男たちを見るのは、議事堂内の中央最前列に悠然とすわる桑園真寿見とその後輩、松葉晴美である。

「あいつら、またやると思いますか?」

「やるだろうね」

 肩越しに掛けられる後輩の問いに、桑園は楽しそうな笑みを浮かべて答える。

「もっとも、彼らだって望んでこんなことをしているわけじゃないでしょ?

 全ての……いえ、諸悪の根源はあの女王陛下なんだから」

 怒りの矛先を向ける相手を間違えないようにと桑園は笑う。この状況でどこにそんな余裕があるのか不思議だが松葉も2年、生徒会に所属してきたのである。彼に言わせれば桑園なんてまだまだましな方で、先代の会長の方がもっとわからない人物であったという。

「諸悪の根源は藤家では?」

 目をそらそうとしてそらせない現実を辛辣に捉える松葉に、それでも桑園は笑みを浮かべている。

「桜花は創始以来、藤家とともにあるのよ。今も、桜花内には女王以外にも藤家の人間はいるの。自治会内はもちろん、理事会にも組合にも」

「あの総代個人の資質に問題があるだけ、と?」

「あの子もね、教室じゃ普通の女の子なのよ。ちょっと気位が高いけど」

 第23代桜花総代、高子は2人と同じ松藤学園の生徒だが、同級生の桑園と違い、1学年下の松葉が校内でその姿を見掛けることはあまりない。

「意外ですね。

 もっとも先輩は寛容すぎます。実際は、ちょっとどころではないのでしょうね」

 松葉の指摘は的を射ていたのか、少しばかり桑園は笑みを歪める。

「厳しいこと。

 でも事実、桜花創始以来、藤家はずっと寄り添ってきたのよ、私たちのためにね。桜花の歴史の裏側で隠然と。初代のようにたまに表に立つ人もいたけど」

「あの方は創始者の子孫として、自治会創設というご立派な功績を残されました。

 あの総代とは違います」

「良くも悪くも、藤家であろうとなかろうと、結局人間は人間なのよ。

 もちろん松葉が何に腹を立てているか、わかっているわ。

 でもね、私たちが勝手に期待して、見事に裏切られた、ただそれだけのことよ」

 桑園は 「ただそれだけのこと」 と軽く言うけれど、その内心にある悔恨が決して軽くないことを松葉は知っている。

 自治会創設以来、歴代総代によって統治されてきた桜花の秩序を、全82校の足並みを、高子はたったの2年で乱しに乱し、ついには初めての脱退届を叩きつけられたのは去年の秋のこと。前代未聞の事態に逆上した女王陛下が取った行動は、該当校の武力制圧。事態の裏側で何があったかを知る者はほとんどいないが、寸前のところで未遂に終わった 『秋梅の変しゅうばいのへん』 だが、たった1校で女王陛下に反旗を翻し脱退届を叩きつけた私立紅梅こうばい女学院は、現在も自治会との話し合いに応じずその門を固く閉ざしている。もちろんこの場にも、紅梅女学院生徒会会長も代行も出席していない。

 処分保留という誰にとっても不本意な形を残したまま、本当の解決を見ず、卒業によって桜花を去る桑園たち3年生にとっての無念を思えば、さすがの松葉も、これ以上は彼に意見する気にはなれなかった。

 おそらく今、目の前で女王と徹底抗戦を続ける2人の女会長も、桑園と同じ悔恨を抱えているに違いない。

 ただ彼女たちには悔恨以上に強い怒りがあり、残す後輩の中に弟たちがいるのなら、なおさらここで引くわけにはいかないのだろう。

「むしろ、圧倒的な権力を持ちながら使おうとしない、女王以外の藤家の方がおかしいんじゃないかしら?

 桜花創始以来、藤家の子弟はほとんどが桜花を卒業していると聞くけれど、創始者の創始理念を忠実に守っているのか、決して支配することを望まず庇護者として一般生徒に紛れている。実際、今の桜花に藤家の子弟が何人いるか、執行部ですら正確な数は把握出来ていないはず」

 桜花全82校を束ねる桜花自治会本部には全会員の名簿があるが、各校生徒会会長の立場でそれを見ることは出来ない。かといって独自に自校を除く81校全ての名簿を集めるのは至難である。まず協力する学校はないだろう。

 例外的に裏央都の地位にある松藤学園生徒会ならば可能かもしれないが、それでも藤原明のように、 「藤林院寺」 姓ではない藤家が数多く在籍する。かといって 「藤」 の字を持つ者全てが藤家というわけでもない。下手をすれば藤家ですら、全てを知るのは宗家だけかもしれない。

「古い一族だと漏れ聞いたことがあるけれど、見事な統制だわ」

「今の当主は初代ですから」

 藤林院寺宗家現当主、藤林院寺貴玲とうりんいんじたかあきらは2人の通う松藤学園の理事であり、学園都市桜花生徒自治会創設の発起人として初代総代に就任した人物である。

「初代はもちろんだけれど、これまでもずっとそうだったじゃない。桜花創始以来、藤家はずっとこの桜花内にいたのに。どれほどの指導力があれば、これほどに一族をまとめ上げることが出来るのか? 藤家が連綿とその歴史を紡いでこられた理由は、そのへんにあるのかしら?」

「お言葉ですが、藤家に干渉は無用です。怒りを買えば、いかに松藤の生徒とはいえ退学程度では済まされません」

「卒業を前に桜花から追放は困るわね」

「それでこの状況、先輩はどうなさるおつもりですか?」

「まずは傍観かしら?」

 前を見たまま決して振り返らない桑園真寿見に、後ろにすわる後輩は楽しそうに笑う。

「先輩らしからぬお言葉ですね」

「なに言ってるのよ? 蛮勇は武勇伝にはならないでしょ?

 英華えいかが動くのはわかってるんだから同調するのよ。何事も協力は大切だからね」

「これまた先輩らしからぬお言葉です」

「私は松葉のそういうところ、好きよ。だから代行に選んだの。わかってるだろうけど」

「もちろん存じてます。

 俺は先輩のそういうところ、気持ち悪いんですけど」

「素直じゃない子ね。頭、撫で撫でしてあげたいわ」

「お断りします」

 先輩の好意とも嫌がらせとも取れる発言を、綺麗さっぱり断る松葉晴美。彼が当面、裏央都松藤学園生徒会の全権を掌握するのである。

「ご趣味に走られるのもいいですが、あちらの勇敢な女史お2人にお怪我のないよう、くれぐれもご配慮をお忘れなく」

「松葉は、女の子には優しいのね。

 私も女の子ならよかったかしら?」

「気持ち悪いからやめて下さい」

「つれない子ね」

「そろそろ男の子に戻って下さい。

 それと、理由はわかりかねますが、先ほどから朋坂ともさか光葉舎こうようしゃの代行2人がチラチラこちらを見ています」

「今川でも探してるんじゃないの? いるわけないんだけどね、こんなところに」

 言い方こそおねえの桑園だが、それこそ連れてくるわけがないと言いたいらしい。

「先輩、男の子に戻って下さいと言いましたよね?」

 笑顔で言う松葉に、ようやくのことで振り返った桑園は 「私はどちらでもいいと思うんだけど」 と肩をすくめてみせる。

 そんな2人のとなりに席を置く私立英華えいか高等学校生徒会会長の椿基靖つばきもとやすと、彼の代行を務めることになる2年生の花園寿男はなぞのとしおがこの会話をどう聞いていたかは、その澄ました表情からは読み取ることが出来ない。

「いつまでもぐだぐだと、うるさいのよ! いくら粘っても決定は変わらないわよ!」

「決定そのものが無効よ!」

 秋島南が声を張り上げると、周囲から そうだ そうだ と声が上がる。誰の目にも、この事態を引き起こしているのは私立光葉舎高校生徒会会長の秋島南と、私立朋坂高等学校生徒会会長の島根鳥子であることは明らか。となればいい加減焦れてきた高子の取る行動は一つ。

「もういいわ」

 言い放った彼女は、議事堂の隅に控える黒服の男たちを見やる。

「お前たち、あの2人を摘まみ出してしまいなさい! 抵抗するなら、腕の1本や2本、やっちゃっていいわ」

 なおも反論を続け場を煽る2人の女会長にウンザリした高子の命令に、控えていた男たちが動き出す。皆が恐れていた事態である。一際大きく議事堂内がざわめく。

「抜いたわね、伝家の宝刀」

 鳥子が言うと、南が後ろの弟たちに発破を掛ける。

「しっかり働きなさい、男の子」

「やっぱりそういうつもりですか」

 ウンザリしたように島根千鳥がつぶやく。

「つまり俺たちを盾にしようって魂胆っすか? 鳥子ちゃん、酷いっすよ」

 嘆く秋島都波に姉の南が言う。

「あんたじゃたいした楯にならないわよ。

 その点、ちいちゃんには期待してるわ」

 弟の都波が鳥子を 「鳥子ちゃん」 と呼べば、姉の南は千鳥を 「ちいちゃん」 と呼ぶ。間違いなく姉弟である。

「その無駄にでかい図体、たまには役に立てなさい」

 身長が180センチ以上ある弟を 「無駄にでかい図体」 とむ上に言い放つ鳥子に、そうそうに諦めたのか、弟の千鳥は 「はいはい」 と投げやりに答えながらゆっくりと立ち上がる。現在通う学校こそ違えど姉弟である。姉の性格は弟が一番よく知っていた。

「あら、抵抗するつもり? 面白いじゃない」

 特等席にすわる高子は高みの見物を決め込んで面白がるが、執行部役員席の竹田敦たけだあつしには腹立たしいことこの上ない。

「あの馬鹿女、いっぺんしばいたろか」

「やっちゃってよ」

 それを煽るのはもちろん藤原明である。もちろん 「できるならね」 と冷やかすのも忘れない。

「巻き込まれる代行が可哀相」

 2人の弟に同情を寄せるのはもちろん金村伸晃である。

 だが余計なことは言うものではない。そういうことは思っても心にしまっておくべきで、迂闊に口に出すべきではない。案の定、両脇を固める天宮柊と柴周介に突っ込まれる。

「代わってやれば?」

 柊が冷ややかに言えば、柴が続く。

「あの2人は女史の弟だよ。自分から立ち上がったんじゃないの? お姉さんのために」

「え? そうなの?」

 もちろん違うのだが、曲者揃いの執行部において珍しいぐらい正直者の金村である。柊、柴、2人の言ったことを馬鹿正直に信じて驚く金村に、柊はわざとらしいほど大きな溜息を吐く。

「姉弟なのは名前を見りゃわかるだろ? 秋島南と都波、島根鳥子と千鳥だぞ」

 特に島根姉弟などは一見にしてわかると言う柊だが、この二組の姉弟は年子のせいもあってか、容姿などもよく似ている。

「ここは弟2人が女史の身代わりになって、金村が弟たちの身代わりになったら丁度いいんじゃない?」

「こいつに2人分の身代わりなんて務まるか。へなちょこ君だぞ」

 言いたい放題の2人に、それまで黙っていた役員の1人が 「2人とも」 と声を掛ける。

「金村をからかって遊ぶのはそのへんにしておけよ」

 藤原や柊と同じブルーグレイのブレザーを着た男子生徒は 「まったく……」 とぼやく。役員にはもう1人、同じブルーグレイのブレザーを着た男子生徒がいるのだが、その磯辺清水いぞべきよみずは今も黙ったまま。まるで我関せずとでもいった態度を維持している。

 柊たちに話しかけた男子生徒、私立松藤学園高等学校参年生の西松明仁にしまつあきひとは、黒服の男たちの動きをじっと目で追いながら話す。

英華えいかが動くぞ」

「それでどうなります?」

 どうにもならないでしょうと言わんばかりに冷ややかな柊だが、西松は続ける。

「桑園が動く」

「それで竹田さんの試算が杞憂に終わりますか?」

 もちろん被害弁財や治療費などの試算である。

「決定打には欠けるかもしれないが、なんとしてもあの馬鹿げた遺言は抹消しないとな」

 遺言と西松が揶揄するのは、もちろん高子の総代後継の指名、及び指名制度への勝手な規約変更である。

「英華の椿つばきさんとうちの桑園さんですか。対照的な2人ですね」

 後輩の松葉晴美から 「気持ち悪い」 と言われる桑園と自治会執行部役員の西松、藤原は同じ松藤学園の同級生である。

 本来、竹田が言ったとおり自治会執行部役員は各校生徒会には不干渉が原則だが、あらかじめ何かしら打ち合わせでもしていたのかもしれない。そのことを弐年生の松葉が知らなかったのだから、同じ後輩とはいえ壱年生の柊が知らないのも無理からぬ話である。

「遺言の抹消ですか。手っ取り早い方法がありますが、とりあえず先輩方のお手並み拝見といきましょうか」

 椅子に深々と掛け、両手両足を組んで悠然と構える柊に、西松は苦笑を浮かべつつ小さく息を吐く。だがその目はすぐさま出入り口から、北区ブロックに向かう黒服の男たちを追う。

 男たちが立っていたのは東区ブロック側の出入り口で、北区ブロックまでは広い大会議室を横切って、端から端までを移動しなければならないのだが、丁度中央あたりを通りかかった時、その行く手を阻むように1人の男子生徒が立つ。代表議会中央区代表、通称央都おうとの私立英華高等学校生徒会会長の椿基靖つばきもとやすである。

「お待ち下さい」

 低くもよく通るその声に、大会議室を包んでいたざわめきがワントーン下がる。

「藤家のご令嬢に忠実なのは結構ですが、自治会への手出しは無用です」

 その後ろには同校2年生で、椿卒業後の代行を務める花園寿男はなぞのとしおも立つ。

 しかしいくら2人が武道の強豪校、英華高校の武人とはいえ男たちは本職プロ。ここは日本だから拳銃なんて物騒な物こそ所持していないだろうけれど、2人がかりでもかなう相手ではない。まして相手は4人である。

 そんな2人を援護するため、あらかじめタイミングを見計らっていた松藤学園生徒会会長の桑園真寿美が手を挙げる。

有村ありむら、発言いいかな?」

 その後ろでは松葉晴美が 「律儀ですね」 と苦笑している。

「有村!」

 すぐさま高子が金切り声を上げるけれど、無表情の有村は淡々と自分の役目を果たす。

「中央区、松藤学園桑園会長」

 発言権を得て、桑園はゆっくりと立ち上がる。

「桜花総代に申し上げる。如何に総代とはいえ、決定権のない事柄にまで決定を下すとは越権行為も甚だしい。そんなことも存ぜぬとは笑わせてくれる」

 藤原、西松と同じ松藤学園参年生の桑園だが、高子もまた松藤学園の参年生である。

 現在の学都桜花自治会執行部には総代高子を筆頭に、副総代の西松、藤原、書記に壱年生の天宮柊、総務に同じく壱年生の磯辺清水と5人の役員を置く松藤学園。もとより裏央都と呼ばれる同校の特殊な位置に、こういった人事が現在の同校をさらに特殊にしているのである。役員席の柊は、高子の金切り声に眉一つ動かさず、進行を務めるべく桑園の発言を認める有村を 「さすが」 と褒める。

「金村もあれぐらい堂々としてみたら?」

 柴にまで言われ、金村は泣きそうな顔をする。

「勝手に笑ってれば?」

 堂々たる発言を以て高子を止めようとする桑園だが、高子はそれを鼻で笑う。

 しかしこれで黙る桑園ではない。

「どうしても後継を指名したいというのなら、まずは桜花自治会規約を改正し、正式に指名制度とするべき。

 もともそんなこと、絶対に議会は承認しないがな」

 高子が正式な手続きを踏むというのなら、桑園たちにも正攻法で阻止する方法がある。裏央都・松藤学園生徒会会長の呼びかけに賛同する学校は、中央区だけではない。その数に勝る票を集めることがどれほど困難か、当然のように高子もわかっている。

 しかも彼女は馬鹿ではない。逆らうも者には容赦せず、次々に起こる解任運動リコールを完膚なきまでに叩き潰し、2年という任期を危なげに全うしようとしている頭脳は伊達ではない。

 桑園が正攻法で来たとしても、同じ土俵に上がる必要がないことを彼女は知っているのである。

「自治会規約が何?

 勘違いするんじゃないわよ。学都桜花自分の物をどうしようとあたしの勝手でしょ?」

「勘違いしているのはそちらだろう。

 桜花総代は自治会の代表であって、桜花の支配者ではない」

 言い放ったその目が役員席を見る。

「執行部も! どうして総代の愚行を止めない? 関係ないとでも思っているのか?」

 突然のことに正直者の金村などは呆気にとられるが、同じ1年生とはいえ柊や柴は落ち着いており、2年生の竹田は試算に忙しい。

 対応するのは3年生の藤原か西松だが、先に口を開いたのは藤原である。

「いきなり執行部こっちに話を振るなんて、卑怯だな」

 少し茶化すような藤原明だが、桑園は容赦しない。

「俺たちに火中の栗を拾わせようっていうんだ。このくらいの非難は浴びて当然だろう。いつもいつも、総代の尻ぬぐいだけしていれば済むと思うな」

「言うねぇ、真寿美ちゃんも。

 その尻ぬぐいだって楽じゃないんだけどねぇ~」

「よせ、藤原」

 止めようとする西松を、藤原は 「なに言ってんだ?」 と呆れる。

「ここで執行部俺たちまで参戦したら、それこそ収拾がつかないだろうが」

 自治会執行部の内争を大評議会という場で演じるなど、とんでもない大失態である。

 そもそも執行部には執行部の思惑があり、評議員たる各校生徒会会長、そして桜花総代と三者三様の思惑に、今以上に議会が混乱することはわかっている。だから大評議会前に高子を思い留まらせることが出来なければ、終わるまで執行部は沈黙を守るより打つ手がないのである。

 もちろんそれは西松もわかっている。わかっていて、あえて藤原に異議を唱える。

「それでも桑園たちは火中の栗を拾いにいっている。本来ならば俺たちが火を消すべきだった、それは否めない事実だ」

 またしても総代が点した争いの火を、事前に消すことが出来なかった。よって栗は火中に投じられ、2人の女会長や桑園たちがその栗を拾いに行かざるを得なくなったのである。学都桜花の平穏・秩序という名の栗を……。

 もちろん無理に拾いに行く必要はない。彼ら彼女らはこの大評議会を以て代行に権限を移し、卒業していくのだから。

 だが彼ら彼女ら3年生は拾いに行かざるを得ないのである。自分たちが犯した過ちを少しでも正すため、負の遺産を残さないために。

「今からでもこの馬鹿な総代の発言を撤回させろ!」

「それが出来るなら苦労しないでしょ」

 強く非難する桑園真寿見に、藤原明は少しおどけるように肩をすくめてみせる。

「馬鹿とは思い切ったことを言うじゃない、桑園。どっちが馬鹿かなんて、今更言う必要もないでしょう?桜花が藤林院寺家とうりんいんじけの所有物だってことは、誰でも知っていることよ」

 学園都市桜花、通称学都桜花は京都に居を構える藤林院寺家の、現当主から数えて3代前の当主、藤林院寺太郎坊法康とうりんいんじたろうぼうのりやすが造成した人工島桜花にある臨海都市。現在も島は藤林院寺宗家の所有である。

 高子はそんなことも知らないのかと馬鹿にするが、桑園もこの程度で言い負かされるくらいならはじめから立ち上がったりはしない。

「確かに桜花島の地権者は藤林院寺家だが、所有することと支配することは違う。同一視は甚だしく遺憾だ」

「じゃあ訊くけど、藤林院とうりんいんの庇護なしに学都桜花が成立すると思ってるわけ?」

 治外法権的な学都桜花の自治は、藤林院寺家の意向によるところが大きい。の家の庇護なしに成立しないのも事実であり、誰もが認めるところ。

 だがそれを楯に我を通そうとするのは、高子の心得違いというものだろう。

 しかし彼女は黒薔薇の女王陛下。世間の常識や良識などに決して囚われることなく、自らの思うままに突き進む。

「桜花は藤家に感謝しこそすれ、逆らうなんてとんだ恩知らずだわ」

「庇護することと支配することは違う。

 学都桜花は在籍する生徒のためにある場所。それを定めた藤家の人間が、自ら破るというのか?」

「それを決めるのはあたしたち藤家よ。学都桜花において藤家は絶対の全権者なのよ。

 お前たち、構わないからそいつら全員まとめて摘まみ出しておしまい!」

 高子の命令に忠実な護衛ボディガードたちは、その前に立ちはだかる2人の英華高生をサングラスの下で睨み付ける。

 だが自ら立ち上がった椿基靖や花園寿男も黙って摘まみ出されるつもりはない。さらなるざわめきの中、にらみ合う両者が仕掛ける隙を狙って緊迫感が漂う。その張り詰めた糸のような空気を断ち切ったのは、大会議室遙か後方から放たれた一声であった。


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