act.1『破壊の女神 ー黒薔薇の女王』

 学園都市桜花がくえんとしおうか、通称学都桜花がくとおうかは京都に居を構える藤林院寺とうりんいんじ家が造成した人工島、桜花にある。いや、桜花島そのものといってもいいだろう。

 藤林院寺家現当主から数えて3代前の当主、藤林院寺とうりんいんじ太郎坊法康たろうぼうのりやすが私財で造成したこの島は、1つの市を増やすほどの大事業であったという。それを為し得たのは藤林院寺家の並みならぬ財力と、政財界への影響力であることはいうまでもないだろう。

 桜花島には太郎坊法康の創始理念に賛同した、様々な立場の人たちによっておよそ80の高校が創立された。

 毎年春には全国津々浦々からこの島に集まってくる新入生の、90%以上が通学圏外出身者。その全員が島内で寮生活などを送っているため、島内人口の80%以上を15歳から18歳が占める。つまり島全体が巨大な学舎(まなびや)。故に桜花島を指して学都桜花と呼ぶ。

 学都桜花では生徒による自治が行われている。その自治を行っているのが、学園都市桜花全82校から成る学園都市桜花生徒自治会、通称桜花自治会である。学園都市桜花の創始者である太郎坊法康の創始理念を元に、当時、私立松藤まつふじ学園高等学校に在籍していた生徒が中心となって設立した、学都桜花三大組織の1つにして最大の勢力を誇る組織である。

 生徒たちによって立案された自治会創設は、万事が一からの試み。次から次に、それこそ際限なく出てくる難問珍問奇問を、1つずつ協議して決まり事を決めてゆく。その過程と熱意を、同じ桜花三大組織の1つにして最大の権限を持つ学園都市桜花理事会連合、通称桜花理事会が認めて正式に発足。以来、歴代総代に自治が委ねられてきた。

 その発案者にして初代総代を務めたのが藤林院寺家現当主、藤林院寺とうりんいんじ貴玲たかあきら。現在、学都桜花最古参高の1つである松藤学園理事を務める彼は、自治会会員たちからは 「初代」 と呼ばれ、理事という立場にありながらも生徒たちの尊崇を集めている。後継は23代を数え、何度となく藤林院寺の名も出ており、現総代もまた藤林院寺を名乗っている。

 その23代総代の自治も終わりに近い2月の中旬のことである。桜花島のほぼ中央に位置する桜花大講堂内にある大議事堂では、異様な雰囲気の中で大評議会が開かれていた。

 東西南北、そして中央の計5地区に分けられた桜花島内。それぞれの地区代表1校、及び副代表2校の計3校 × 5地区 = 15人 が集まる代表議会、通称ペンタグラムと違い、大評議会は桜花全82校の代表、つまり生徒会会長に全自治会執行部役員、各種委員会委員長、副委員長などが集まる大会議。

 しかも3年生の卒業を間近に控えて開かれた今回の大評議会は、卒業する各校3年生生徒会長や各種3年生委員長の代行決定報告、及び代行就任挨拶と引き継ぎが主な議題とあって出席者は約150名。年間を通じて最大の出席者数となるこの大評議会は、すでに定刻を1時間ほどオーバーしている。

「以上をもちまして本部委員会代行挨拶を終わります」

 議事の進行を務める議長は、緑がかったグレイの詰め襟学生服を着た男子生徒、私立英華えいか高等学校2年生の有村克也ありむらかつやである。桜花自治会執行部総務として淡々と進行表どおりに進めてゆくが、1時間のオーバーは彼のせいではない。ことあるごとに飛ぶヤジで議会が荒れたためである。

 だが彼がずっと不機嫌そうな顔をしているのは、予定どおりに議事が進まないからではない。いつもそうなのである。

「次の議事ですが、現総代の任終了にともない行われる総代選挙につきまして……」

「選挙はしないわ」

 有村の言葉を阻むように女子生徒の声が高らかに響く。もちろんそれは有村が言わんといていたことではなく、進行表にも書かれていない。

「総代、発言は慎んで下さい」

 口調を変えることなく淡々と注意する有村だが、女子生徒は 「うるさいわね」 と逆に有村を黙らせようとする。

「聞こえなかった? 総代選挙は必要は言っていってるでしょ?」

 学園都市桜花生徒自治会、通称桜花自治会。その第23代総代、高子たかいこは怪しくほほえむ。学都桜花三大美少女に数えられる彼女は、特別に作らせた革張りの特等席にすわり、視線が集まる中で悠然と足を組んでみせる。

「次の総代はすでに決定済みよ」

「どういうことかしら?」

 思わぬ総代の発言にざわつく議事堂内、挑むような目を高子に向けるのは桜花北区にある私立朋坂ともさか高等学校生徒会の女会長、島根鳥子しまねとりこである。代表議会北区副代表校、通称副都を務める彼女が着るのはわりとよくある紺色のブレザーで、シングルの3つボタン。そして同色のプリーツスカート。彼女のすぐ後ろ、窮屈そうにすわっている男子生徒と結んでいるネクタイの形が全く同じなのは、どんな不器用な生徒でも大丈夫なように作られた簡易式ワンタッチだからである。

「ちょっと有村、あれは注意しないわけ?」

 問われた高子は、答える代わりに島根鳥子を指さして文句を付ける。

「島根会長、発言は挙手をしてからお願いします」

「役立たずの執行部は黙ってなさい!」

 異議を唱える鳥子に続き、隣にすわる女子生徒が抗議の口火を切る。朋坂高校と同じ桜花北区にある私立光葉舎こうようしゃ高等学校生徒会の女会長、秋島南あきしまみなみである。勢いよく立ち上がる彼女の背後で、椅子が音を立てて倒れる。

 代表議会北区代表校、通称北都ほくとの代表を務める彼女が着るのは青緑色のブレザーで、ネクタイではなく、校章が刻まれたピンでクロスタイを留める。その後ろにすわる男子生徒は隣の男子生徒よりやや体格がよく、さらに窮屈そうに背を屈めて倒れた椅子を直す。

「おい千鳥ちどり、雲行きやばくね?」

 普通の椅子より重そうな造りの椅子を片手で直す男子生徒に、島根鳥子の後ろにすわる男子生徒がこっそりと声を掛ける。

「お前の姉貴が執行部を無能呼ばわりしたからな」

 応えた男子生徒は、体を起こしつつ続ける。

「もっとも、あいつらが相手にするとは思えないけどな」

「呑気なこと言ってるなよ。執行部まで参戦したら泥沼の混戦間違いなしだろうが」

「だからといって、今の俺たちに何が出来る?」

 現会長は島根鳥子であり、秋島南であって彼らではない。会長代行就任挨拶のため同席したに過ぎない2人に発言権はないのである。

「為すがまま、キュウリがパパってか?」

「つまんねぇぞ」

 それこそもっと面白いことを言えとばかりに、すわり直した男子生徒は相手の男子生徒の椅子の脚を蹴り飛ばす。

 2人がこっそりとそんなことを話しているあいだにも、2人の女会長の抗議は続いている。

「総代選はしないとか、次の総代は決まってるとか、どういうことっ?」

 眉をひそめる島根鳥子は、やや強めの語気で問う。

「何度も同じことを言わせないで頂戴。

 次の総代は決定済み。だから選挙は行わない。そう言ったのよ。わかった?」

「ふざけんじゃないわよ!」

 憤然と返す秋島南に、隣にすわる鳥子も立ち上がって同調する。

「藤林院寺高子、いい加減にしなさい!」

「ふざけてなんていないわよ。

 わざわざ選挙なんて面倒でしょ? あんたたち、あれ、準備にどれだけ手間が掛かってるか知ってるのかしら? お金も掛かってるし。

 だからあたしが後任を決めておいてあげたの。この優しさがわからないなんて、あんたたち、人の血が流れてないんじゃない?」

「それはあんたでしょ!」

 これまでにしてきたことのすべを棚に上げた高子の発言に、間髪を入れず南が反論すると、援護すべく鳥子が続く。

「悪ふざけが過ぎるんじゃない?

 桜花総代は選挙によって公正に選ぶもの。それを独断で指名するなんて、絶対に認められないわ」

「あんたたちに認めてもらおうなんて思ってないわよ。選挙で選ばれたあたしが決めたことなんだから、許可なんて必要ないわ」

「必要に決まってるでしょ!」

 南の怒声が議事堂内に響く。

「だったら同意書でもなんでも書けばいいじゃない」

「そんなもの、書けと言われて書くと思ってるわけ?

 あんた、大評議会をなんだと思ってるの?」

 感情的に声を荒らげる南と違い、鳥子はあくまで冷静に返す。

「出されたら書かないわけにはいかないでしょ? 総代はあたしなんだから」

「あんたのその独断専横が、秋梅の変しゅうばいのへんを招いたってことにまだ気づかないの?」

「ああ、思い出したくもない忌々しい記憶ね。そんな昔のことを、いつまでもグダグダと」

「まだ半年しか経ってません!」

 すっとぼけたことをいう高子に、思わず突っ込みを入れたのは自治会執行部役員席にすわる金村伸晃である。

 もちろん他の誰かに聞こえるほど大きな声ではない。せいぜい周りを固める他の役員に聞こえたくらいだろう。その1人が天宮柊であり、柴周介である。それぞれ自校の制服を着て着席する彼らは 「アホ」 とか 「また墓穴掘りたいの?」 と冷ややかな反応を見せる。

「だって、なんか都合の悪いこと、全部忘れちゃおうとするんだもん」

 柊曰く 「小学生みたいなこと」 を言い出す金村に、柊と同じブルーグレイのブレザーを着た男子生徒の1人が言う。

「それが高子さんだからね」

 私立松藤学園高等学校参年生の藤原明ふじわらあきらである。柊の2年先輩に当たる彼は他の自治会執行部役員と違い、状況を楽しんでいるようにしか見えない。

 そんな彼に腹を立てるのは柊たち1年生ではなく、2人いる2年生役員の1人、竹田敦たけだあつしである。もう1人の2年生、有村克也は進行として別席にいるため、役員席の会話を知るよしもない。

「藤原さん、あんたヘラヘラわろとらんと、あれ、止めぇな」

 桜花北区にある私立星風せいふう学院第一高等学校2年生、竹田敦。同校の制服は桜花全82校でも珍しい白いブレザーに、焦げ茶色のズボン。白いシャツに焦げ茶色のネクタイを結ぶ。ブレザーの襟には校章、学年章とともに薄紅色をした桜の徽章きしょうが並んでいる。今はすわっているが、その身長は175センチくらいあり、スポーツマンらしく体格がいい。そのもじゃもじゃ頭は天然パーマで、口の悪さは執行部一。

「竹田ってば、相変わらず無茶なことばっかり言うね。俺に出来るわけないじゃん」

 努力もせず無理だと決めつけて楽をしたがる藤原に、竹田はますます苛立ちを募らせる。

「またこのあいだみたいに乱闘騒ぎになったら、修理代とか、いくら掛かると思うてますねん?」

「副代の俺が知ってるわけないじゃん。それ、会計のお前と金村の仕事だろ?

 だいたいそんなの、高子さんにははした金じゃない? あの人の金銭感覚、普通と違うから」

他人事ひとごとみたいに言うてますけど、あんたの金銭感覚も立派に狂うてますから」

 全く以て常識外れだと言い出す竹田だが、藤原もあえて否定はしない。おまけに怒りもせず笑っている。

「そうかもね。

 竹田こそ、あの2人の女会長と同じ北区なんだからどうにかしたら?」

「自治会執行部は、各校生徒会には不干渉。

 自治会規約も覚えとらんのですか、あんたは」

「竹田さぁ、俺が先輩ってわかってる?」

「少しは先輩らしゅうしてくれたら、少しくらい先輩や思てもえぇですよ」

「うわぁ、言うよなぁ」

「藤原さんは言われてもおかしくはありませんから」

天宮あまみやまで言うっ?」

 同じ学校に後輩である柊に言われた藤原は、ついには声を上げて笑い出してしまい、桜花総代との攻防を続ける秋島南に 「藤原!」 と怒鳴られる。

「呑気に口開けて笑ってんじゃないわよ!」

 手厳しく秋島南が罵れば、当然のように島根鳥子が続く。

「あんた、同じ藤家とうけでしょ? この馬鹿女、どうにかしなさい」

「同じ藤家って一括りにされてもさぁ、色々あるんだよね」

 藤原明は笑いながらも困った振りをする。そう、あくまでも振りである。

「あっちは本家筋でうちは分家筋。高子さんと俺じゃ格が違うんだよね。

 つまりさ、簡単に言っちゃうと止められないってわけ」

「明に頼ろうなんて、あんたたち、どこまで馬鹿なの?」

 鼻でせせら笑う高子に、南が鋭く言い放つ。

「馬鹿はあんたでしょ!

 どうせ自分の親衛隊とりまきを後任にして、卒業しても桜花を支配しようって魂胆が見え見えなのよ!」

「馬鹿にしてはいい読みじゃない。

 でも半分だけね。

 見えてるから何? 卒業するあんたには関係ない話でしょ?」

「あんたも卒業するのよ。あたしたちと一緒におとなしく桜花を去りなさい」

 島根鳥子も言うものの、やはり高子は悠然と掛けたまま。それこそくだらないとでも言わんばかり。

「あたしは桜花総代よ。あとのことを考えて、残される後輩のことを考えて後任を用意しておこうっていうんじゃないの。わからない連中ね」

「あんたが今も総代でいることに誰も納得なんてしてないけど、正式な手続きを経ての就任である以上、その事実は認めるわ」

 2年前、桜花最大のイベントである総代選挙を制し、自治会初の2年生総代として就任した高子。

 だがその本性が顕わになるにつれ激しくなった解任リコール運動。

 けれど彼女は今も桜花総代の座にある。その現実に鳥子は拳を握りしめる。

「けれど後任は公正な選挙によって選ぶのが自治会規約よ。

 指名は総代の権限を大きく逸脱した行為だわ」

 握りしめる力の余り震える拳とは裏腹に、感情を抑えて反論する鳥子。だがその正論も彼女には通じない。

「学園都市桜花生徒自治会第23代総代の権限を以て、第24代桜花総代として松藤学園高等学校弐年の今川基春いまがわもとはるを指名する!」

 国会議事堂を思わせる大会議室内、全82校中、欠席した1校を除く全高生徒会会長が揃う中、女王陛下は高らかに宣言する。

 すぐさま上がる抗議の声をものともしない女王陛下の暴挙に議会は騒然となるが、彼女は堂々と宣言を続ける。

「同じく総代権限を以て桜花総代選挙を廃止! 以後、前任者の指名制とする」

 高らかに宣言した高子は、茶色いチェックのプリーツスカートから伸びるスラリとした脚を、見せつけるように悠然と組み直す。

 学校指定のブラウスにジャンパースカート、その上には丈の短い1つボタンのブレザー。その落ち着いたブルーグレイの襟には桜花総代の印したる薄紅色をした桜の徽章きしょうが燦然と輝く。

 学園都市桜花全82校を束ねる学園都市桜花生徒自治会第23代総代、高子は、生徒たちの手で作り上げてきた自治会規約すら蔑ろにし、我が道を突き進む女王陛下。その自信に満ちた力強い傲慢に、不平、不満、怒りの表情を浮かべる一同は反撃の糸口を探しながらも心の隅に不安をよぎらせる。

 2人の女会長に全員が同調し異議を唱えれば、さすがの独裁者も発言を撤回せざるを得ないかもしれない。

 だがそれを躊躇させる不安の理由が議事堂の隅に立っている。黒いスーツに黒いサングラスで顔を隠した男たちである。

 桜花自治会は全82校から成る高校生の組織で、大人は干渉しないのが原則。桜花には三大組織として自治会の他に理事会、組合があるが、それらと自治会は対等の立場にあり、組織内の争議には干渉しないのが決まり。苦言を呈したり、申し入れをしたりすることはあっても、あくまで自治会組織運営は会員たちで行われるのである。

 では何故干渉を禁じられているはずの大人がここに同席しているのか? 実は彼らは自治会や学都桜花の関係者ではなく、高子個人の身辺警護ボディガードである。


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