#4


 ――違います。

 覚えているのは、彼女の後ろ姿。

 ――わたしは、

 その時、どんな顔をしているのか気になったのだ。


  ++


「すっかり遊んじゃったねー! あーあ、もうちょっと暗ければ星がはっきり見えるんだけど」

「それはしょうがない。でも、夏より今の方がよく見えるから、俺は冬の星空の方が好きだな」

「わたしも。空気が澄んでてよく見えるんだよね」

 いつもの公園を離れて、自転車を押しながら空を見上げる。

 ルカはいない。遊び疲れて眠ってしまい、ルカの父親がおんぶして帰ったからだ。

 祭りのこの時期、ヒナやルカの父さんが準備や当日の出店をしている間、ルカと遊ぶのは俺の役目だ。

 今日はその初日。ルカの母さんにルカを託され、最初は出店を回ったりしていた。けれど、いわゆる買い物だけではそんなに時間は経たない。飽きが来たルカに遊びたいとせがまれた身としては、やっぱりそれに応えたいわけで。

 本気で相手をしていたら、ヒナにどっちが年上かわからない、と笑われた。遊びでも手を抜かない主義なんだと答えたら、なかなか出来ることじゃないよね、なんてさらに笑われて。

 手を抜いたら抜いたでその時はきっとルカに怒られる。だったら、自分も全力で楽しんだ方がいい。何だって、全力でやったもん勝ちなんだ。

「俺、寒いの苦手だから、早く冬が終わらないかなっていつも思う」

「へー」

 意外そうに瞬かれる。

「ちぃくんって寒いの駄目なんだ。意外。秋生まれだから平気そうに見えるのに」

「そういうのは冬生まれの奴に言って」

「それもそっか」

 吐く息の白さにすら寒気を覚える。もうそんな季節になったのか。

 そうして身に染みる度、恋しくなるのは次の季節。冬になれば夏が、夏になれば冬が恋しくなるのも、同じ原理ではないだろうか。ともあれ、次の季節と言えば。

「でもさ、冬が過ぎればヒナの季節じゃん」

 そんな言葉が口を突いて出た。

 冬の終わり、植物たちが芽吹いて、にぎやかに彩る季節。

「早く温かくなってほしいな。そうすれば――ヒナ?」

「わたし、冬のままでいい」

 その声は、後ろから聞こえた。

 足を止めて振り返る。いつの間にか立ち止まっていたヒナがそこにいて、そこから動こうとせずに言ったのだ。

「それじゃ、わたしこっちだから。帰り道気を付けてね、ちぃくん」

「ああ……ヒナも、気を付けて」

「ありがと。おやすみ」

 ヒナが笑って手を振る。歩いてきた坂を横に逸れ、ヒナは一人自転車をこぎだしていった。

 遠ざかるその姿。いつも別れる分岐点ではないその場所に、すっと頭が冷える。今、自分は何と言った。

 ――どの季節が一番好き?

 あの時耳に残ったひと言が甦ってくる。

 ――春は嫌い。

 そう話したヒナのことを。

 思い出して口元を押さえる。失言だ。今のは、自分の。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る