#3


 一年のうちで昼間が長いのは、夏の季節だ。

 夏が過ぎれば秋が来て、秋が終わると冬になり、冬を越えると春が訪れる。そうしてまた春から夏へ、一年は続いていく。

 ――どの季節が一番好き?

 何気なく質問して、なんとなしに答えを聞いた。

 何がきっかけでそんな話になったのか覚えていなけれど、ひとつだけ覚えている言葉がある。

 たったひと言だけ、はっきりと耳に残ったんだ。


  ++


「じゃーんけーんぽんっ、あーいこーでしょっ」

 二人して真剣にじゃんけんをしている姿は、どちらが年上かわからないくらいだった。ルカだけでなく、ちぃくんも同じように真剣な顔をしているものだから。

「あーいこーで、しょ! よっしゃ、俺の勝ち! 先攻いただき!」

「えー、ちぃにぃちゃんずるい!」

「どこが! ずるくない。ちゃんとじゃんけんして決めただろ? 俺グー、お前チョキ。ほら、俺の勝ち――あれ、そっち終わったの?」

 石を弄んでいたちぃくんがこちらに気付く。するとルカも振り返り、大きく手を振ってきた。

「はるねぇちゃん!」

「まだ終わってないよ。休憩もらってきただけ」

 ルカに手を振り返しながら答える。

「ちぃくんたちは?」

「こいつの面倒見て来いって言われて――」

「はるねぇちゃん聞いてよ! オレの父ちゃんひどいんだぜ、邪魔になるからって、オレのこと追い出すんだ!」

「あらら……」

 どちらの気持ちもわかるだけに、何も言えなくなってしまう。

「それで二人で遊んでるの?」

「ちぃにぃちゃんも追い出されたから、オレが遊んでやってるの!」

 苦笑するちぃくんの前で、仕方ないからさ、なんてルカが言う。その顔はまんざらでもなさそうだ。

 二人の元まで行くと、遠目には見えなかったものが見えてきた。

「なあに、これ」

 二人の足元に描かれた白い横線と、少し離れたところに描かれた五つの小さな円。五角形に配置された円の周囲には、いくつかの石が飛び散っている。まるで、円を目がけて石の投げ合いをしているかのような。

「輪投げの代わり、みたいなもんかな。ヒナもやらない?」

「はるねぇちゃんもやろうよ! オレ、今ちぃにいちゃんに勝ってるんだ!」

 それを聞いて何となくわかった。

「わたしはちょっと見てようかな。ねえルカ、やり方教えてくれる?」

「うん、いいよ!」

 ルカは右手に持っていた石を見せてくれる。

「この石をあそこの丸に向かって投げるんだ。三個投げて、どれだけ多く入ったか勝負してるんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「そ。次は俺の番」

 しゃがんだちぃくんが、持っていた石を投げる。

 ひとつ目。手前左にある円の向こう側に落ちる。

 ふたつ目。右奥にある円の中にぎりぎり収まる。

 みっつ目。一番奥にある円の少し手前で止まった。

「やった、ちぃにいちゃん一個!」

「うわ、最悪……」

 はしゃぐルカとうなだれるちぃくんが対照的で、思わず吹き出してしまった。

「ヒナひでえ。失敗した俺を笑うなんて」

「違うよ、今のはちぃくんを笑ったんじゃなくて」

 言いかけて、意味合いとしては同じことだと気づく。決して失敗したことを喜んだつもりはなかったのだけれど。

「ほら、ね。いいお兄ちゃんだから」

 どのみち理由になっていなかった。

「手は抜いてないぞ」

「知ってるよー」

 そんなことをしたらルカが怒るのだから。ちぃくんが口を開きかけて、

「――やったー!」

 それを遮ったのはルカの歓声だった。

「見て見てはるねぇちゃん! オレ、全部入った!」

 ルカに腕を引かれて、指し示された先を見れば、三つとも違う円に入った石が見えた。もちろん、先ほどちぃくんが投げた石とは別のものだ。

「わ、凄い。ルカは上手だね!」

「初めて全部入ったよ! ちぃにいちゃんはまだ三つ入ったことないもん!」

 得意げに胸を反らして、ちょっと照れながらもそう話してくれる。抑えきれない嬉しさがルカの口元ににじみ出ていて、それを見るとこっちまで嬉しくなってくる。

 そこに近寄る影がひとつ。後ろから頭をわしゃわしゃとかき回されて、ルカは「うひゃあ!」なんて声を上げる。

「……言ったなあ、ルカ。次は三つとも入れてやるからな!」

「オレだって、もう一回全部入れるよ!」

「よーし」

 見合った二人がじゃんけんの構えを取る。真剣勝負、待ったなし。

「じゃーんけーん」

「待ってルカ、やっぱりわたしも入れて」

 邪魔するのは忍びないと思いながらも、二人に声をかける。下に落ちていた石を拾い、楽しそうににらみ合っていたそこへと加わった。

「いいよー。はるねぇちゃんにも負けないよ!」

 まだお互いの顔がぎりぎり判別出来る時刻。三人は外灯に照らされて、帰りの旋律を待っていた。

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