居鯉の夢

燦々と陽光に照らされ、庭に咲き誇る草木は青々と輝く。

逞しく茂る枝葉はみずみずしさを損なわず、慎ましくしかれど色鮮やかに咲き乱るる花の美しきこと。

その庭は、一瞥をしただけでは雑多にも見えよう。

しかし、く視たならば、植物の特性を互いに活かした調ととのえなのだと分かるだろう。

生き生きと揺れるそれらの溢れんばかりの活力は、見ているだけでも心を弾ませる。

夏も盛りを迎えた日であった。



垣根の向こうより、サボン玉がふわりふわりと飛んでくる。

誰ぞ子供でも居るのだろう。

声こそ聞こえないが、風に吹かれて浮き上がるサボン玉は途切れもせずに流れていく。

木々の合間を縫い、時に空へ上れぬ儘に弾けるサボン玉を見詰める。

陽射しの当たらぬ縁側に、ゆるりと生暖かい風が吹き込む。

隣に座る肌に鯉を住まわせる男は、切れ長のまなじりを和紙へと注ぎ、筆を握る手をせわしく縦に横にと動かしている。

時折、肌を伝う汗を拭えども、その視線は一度足りとて上げられることはない。

一陣の風が吹き込む。

和紙はかさりと煽られ、軒に吊された風鈴が涼しげな音色を響かせた。

男の傍を、風に流されたサボン玉が通り過ぎる。

サボン玉を追い駆ける様に、男の左手で泳いでいた鯉が揺らめく。

途端に、サボン玉は弾けた。

まるで鯉をいとうかの如く、儚い御霊を散らせた。

男が筆を置き、汗を拭った。

鯉はサボン玉の事など忘れた様に、男の顎で跳ねる。

日焼けをして古びた縁側の床板が耳障りな音を立てて軋む。

噎せ返る様な草の匂いに混じり、汗の臭いが鼻につく。

一際強い風が吹き抜ける。

木々はざわめき、草花は千切れんばかりに揺れている。

庭を揺蕩たゆたうサボン玉は全て弾け消えてしまった。

勿体の無い。

侘しく為った庭から視線を外し、隣の男を見る。

風に転がされたのか、和紙も筆も墨を引いて畳の上へあった。

男は居ない。

徐に、男が座して居た場所へ手を伸ばしてみた。

暖かくは有るものの、温かみは無い。

其処に、人が居た証は無い。

ふ、として、気付く。

そう言えば、男は当に此処を去っていた。

張りの在った皮膚は皴に被われ、命を溢らせていた庭はしずかに影を落とす。

寂寥たるや、計り知れないことだろう。

随分と昔に乾いた墨は、触れた指に跡すら残さず、線を引いていた。

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