9
入口付近から部屋を見渡す。部屋は二十畳ほどあり、天井は他の教室と比べて高い。窓はついていない。殺風景という言葉が似合う。久炉は花火に視線をやると壁に背を預けた。
ゆっくりと息をつくと思い出されるのは、あのノイズの事だ。『僕は【炎天】』、『僕は魔法そのもの』、という言葉から推察すると、魔法が意思を持っているように思える。そしてそれには【炎天】という名があるようだ。
今後は魔法のことは本人が名乗ったとおり【炎天】と呼ぶことにしよう。等と考えつつ、部屋の中心部で魔法の練習をしている花火に視線を向けた。
特に動きが無いことを確認すると、また意識は思考に浸食されていく。
あの声はどこかで聞いたことがある気がする。記憶を漁っていく。すると、一つの声が思い出された。昨朝の夢に出てきた炎でできた獣。あれと同じ声だ。
ということはあの夢はただの夢ではなかったのだろうか。ただの悪夢だと思っていたが、魔法と関係あるならば、辻妻が合う。あの夢は現実と勘違いしてしまうほど妙にリアルで気持ちが悪い夢だった。
突きぬけるような青い空だった。少し入道雲が出ていて、太陽が地上を照りつける。気温が高く、空気が蜃気楼のように揺らめいていた。
そして、足元のアスファルトはヒビ割れ、周囲の建造物も同様にヒビが入っていた。人影は見当たらない。
――そんな壊れそうな世界だった。
そんな世界を一歩ずつ、少し不安定な部分もあるアスファルトを踏みしめて歩いていた。
吸い寄せられるように歩いた先には、燃え続けている祭り跡があった。屋台は燃え、電線からは火花が散っている。すぐにでも人を呼ばなければならないような火事だ。
本来は離れるべきだ。だが、魅せられたように、魅入られたように、炎から目を逸らせなかった。
じっと見つめていると、炎の一部が流動し、四足の獣の形をとった。
その時、唐突に男とも女ともつかない声が聞こえた。ただ、その声は、僕が、君が、と繰り返すのみで判然としない。
声は止まず、獣は炎の帯状になって体に巻きついた。夢にも関わらず、体が焼ける感覚を覚え、無意識的に口が開いた。その炎は一瞬で獣の頭部を作り上げ、口内に頭から飛び込み体内から焼いた。
――ところで目が覚めた。あれから一日経ったが、つい思い出してしまうほど久炉の脳裏に焼き付いている。
暇があれば記憶に飛び込んで細部に触れてみたいとも思う。体の内側を焼かれるような感覚に関しては思い出したくもないが。
長々と意識をどこかに飛ばしていたのだが、眼前十数メートル先で魔法の練習に興じているルームメイトに変化は起きていない。
昨日のトラブル時、魔法が使えると言いたげな発言をしていたわけだが。
声をかけた方がいいのだろうか。いや、それで彼女の集中を乱してあとで苦情を投げられることは避けたい。久炉は俗に言われるコミュ障であった。変に気を使って話しかけることも躊躇する。
突然、だった。急に花火は足元をぐらつかせ、その場に座り込んだ。どうした? 決めあぐねていたのだが、行かなければならない。
「おい、どうしたんだよ!」
足早に彼女の元へ向かうと、肩を揺すった。肩で息をつくばかりで反応は薄い。予想外のこと触れた緊張や不安からか胸が苦しく感じる。荒い花火の呼吸音が耳に張り付くようだ。
誰が見てもわかるほどに顔色が悪い。体調でも悪かったのか、場合によっては保健室に連れて行くべきか。
「……ちょっと、休む」
「え、あー、じゃあ外出るか。この部屋、窓もないし空気悪いっしょ」
手を貸して立たせると、ふらつく彼女を支えながら実習室を出た。一体、何が起きたのだろう?
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