8

 爆風は、起きない。目を薄く開ける。目に入ったのは伸ばされた右腕。それに纏われている炎を帯びた赤いエネルギーのようなものだった。


 腕輪の光は消えた。それでもエネルギーはそのまま右腕を覆っている。指先から肘付近まで。着ているジャージに影響は無いようだった。


 揺らめく炎。赤く、緩やかに流動するエネルギー。カッコいいじゃないか。自分の魔法であると贔屓目に見てもなかなかの魔法だ。



 小さくなっていく高揚感に反比例して疑問は湧き上がる。この魔法はどうやって使えばいいのだろう。エネルギーを爆発させて攻撃するのだろうかという考えも過ったが、それならばもう爆発しているだろう。


 爆発しろ、と念じてみたが何も起きない。どうもあの爆発はただ力の押さえ方が分からなかったことが原因なのかもしれない。


 単純に触れることでダメージを与えるのだろうか。ゆっくりとしゃがみ、床に触れた。ジュッと音がして掌の形に焦げ付く。だが、床も特殊な素材で作られているのか、焦げ跡は徐々に小さくなり、元通りになってしまった。



 魔法の解除はどうすればいい? その答えはすぐに頭に浮かんだ。エネルギーを発散するイメージで“感覚”に集中する。結果、腕に纏われたエネルギーはふっと消えてしまった。魔法を解除したことで、高揚感が消え、少し思考が冷静になったような気がする。


 なるほど、触れることで攻撃する魔法か。使い方が分かったところで、胸の中に靄が広がる感じがした。この魔法を他人に使ったらどうなってしまうのだろう――。先程は闇雲であったとはいえ、使ってしまったのだが。きっとただでは済まない。


 それでも生き残るには使わないといけない。自分は魔法を他人に向けられるだろうか。……やるしかないんだろうな。うん、やるしかない。脳内で再確認する度、少しだけ、広がった靄が払われていく気がする。



 ザザッという不快な音が耳を突いた。テレビの砂嵐の音のような、無線通信機器の接続時になるような雑音。突然のことで視界が揺らいだ。耳に手を当てて雑音を防ごうとするも、それは脳の中で響いているようで、一向に静まらない。


 聞きたいとも思わないような雑音なのだが、つい耳を傾けてしまう。ノイズが激しく聞き取りづらいが、どうも久炉に話しかけているらしい。途切れ途切れの消えそうな声に集中した。


《僕、は、【炎天えんてん】、僕、は、魔法、そのもの、僕、は、【炎天】……》


 壊れた話す人形のように、同じ言葉を繰り返している。わかることは声の主は魔法に関する何かで、【炎天】という名前があるらしいことだけだ。



「【炎天】ねえ……」


「あんた何言ってんの」


 背後から突然聞こえた花火の声に肩を震わせる。いつの間に真後ろにいたんだ。訝しげな視線。確かにいきなり【炎天】などと日常生活で使わない単語を口にしてはそのような目で見られても文句は言えない。


「いや、何か変なノイズかかった声が聞こえてさ」


「……何も聞こえなかったけど?」


 事情を説明したが、彼女の視線は変わらず、信じてもらえなかった。確かに体験した本人しか分からないだろう。久炉が何度説明したところで花火は腑に落ちなかったようで表情は変わらない。


 花火は軽くため息をつくと、手振りで久炉に離れるように指示した。一瞬、意味がわからない事を言う奴は帰れという意味かと思ったが、どうやら彼女も練習を始めたいらしい。

 花火はどのような魔法を使うのだろう。湧き上がる好奇心を押さえつつ、部屋の隅に移動した。

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