コーヒーとキス
今日は彼が私の家に来て家事を分担する休日。
ここ数週間忙しくてできなかったことを一気にしていく。
私一人では出来なかったことも二人でやると半分の時間で済む。
あっという間に溜まっていた洗濯物や追いついていなかった掃除が終わる。
一息つくために私はコーヒーを淹れる。
「なぁ、俺の分は?」
「砂糖とミルクはどうする?」
「あー、入れといて。甘すぎるのは勘弁な」
そう言われちょっとイタズラしようかとも思ったが
私の分と隼人の分を持ってテーブルの方へ。
すると隼人もこちらへやってきたのでテーブルには置かずマグカップを手渡す。
「サンキュー」
そう言って一口飲む。
私もテーブルの前に座り口をつける。
私のは甘めになっている。苦いのはあまり好きじゃないから。
「相変わらず甘そうな色してるな」
となりに座るなりいきなり言ってくる。
「甘い方が美味しいじゃん。わざわざ苦いもの飲もうとは思わない」
「苦いのも美味しいと思うけどな…お子様め」
「…もっと甘くしてやればよかった」
ぼそっと呟くように言う。
聞こえてなかったのか何も言ってこなかった。
しばらく無言の時間が流れる。
「隼人の方はどう?もう終わる?」
「もう終わるよ、
「今洗濯機に入ってるやつ干し終わったら終わりかな」
そう言って残ってるコーヒーを飲み干す。
空になったマグカップを台所に持っていこうと思ったら隼人が手を出してくる。
「いいよ、俺が後で洗っとく。洗濯機止まるまで座ってな」
「それじゃお言葉に甘えて」
立ち上がろうとしていたのをやめてマグカップを渡す。
お互い話すことなく部屋には洗濯機の音だけが響く。
やることも無くとなりに座っている隼人に身体を預ける。
思い返して見ればここしばらく忙しくてこうしてゆっくり触れ合っているのは久しぶりだった。
ちょっと幸せな気分を味わっている。
もうちょっとこの時間が続けばいいのに…。しかし現実は非情である。
ピーピーピー。
洗濯終了を告げる音。
一つため息をしてから立ち上がる。
すると隼人も立ち上がり背伸びをする。
「それじゃ、最後のひと仕事と行きますか」
「私もあと少し頑張るかな…」
二人してそう呟いてそれぞれの家事を片付けに動き出した。
夜になりテレビを見ながらゆっくりとする。
隼人は先ほどの晩御飯の後片付けをしている。
私がやると言っても「いいの、いいの。彩は今日はゆっくりしてれば」と言って台所を占領した。
ボーッとテレビを見ていると隼人から声をかけられる。
「コーヒー飲むけど、いるか?」
「あ、私は自分で淹れるから自分の分だけでいいよ」
そう言って立ち上がり台所に向かうと自分の分を淹れた隼人とすれ違う。
いつものようにコーヒーを淹れ砂糖もミルクも淹れずに戻る。
恐る恐るコーヒーを口に含む。
いつもの甘さではなくコーヒー特有の苦味が口の中に広がる。
やっぱり美味しくないな、なんて思っていると目の前に砂糖とミルクの入ったコーヒーが差し出される。
「どうせ不味くて飲みたくないんだろ。甘さ足らないだろうけどこっち飲んどけ」
「うぅ、なんでこんなのが美味しいのか…」
泣く泣く隼人のコーヒーを受け取り私のコーヒーを手渡す。
一口飲む。ちょっと甘さが控えめだが飲める。
隼人の方は何食わぬ顔で私のブラックコーヒーを飲む。
私の…飲みかけの…
(え、待ってもしかしてこれ、隼人の飲みかけ?)
一度そう思ってしまうとどうしても気になってしまう。
いや、もう付き合ってだいぶ経つのだ。そんな今更間接キス程度で慌てるなんて…
そうは思っても少しにやける顔。
もう一口飲む。先程よりも何倍も甘く感じる。
一口飲むたびに充実感が身体を駆け巡る。
なんだか今ならなんでも出来るような気分だ。
「無理せず自分の好きなもの飲めばいいのに」
隼人がそういいながらコーヒーを飲む。
「ねぇ、隼人。そのコーヒー。甘い?」
「は?甘いわけがないだろ?ブラックだぞ?」
ちょっと期待して聞いてみたが当たり前の答えが返ってきただけだった。
そうだよね、流石に期待しすぎた。ちょっと残念だな。なんて思っていると隼人が突然キスをしてくる。
「それなら彩、このキスは甘い?苦い?どっちだ?」
…ほんのりと香るコーヒーの匂い。そして唇に触れた部分から広がる苦味。
でも答えはもちろん―
「甘い!!」
数年後
「彩、コーヒー今日はどっち?」
「んー、ブラックにして〜」
「はいはい」
あれから何度もチャレンジして今ではブラックも飲めるようになった。
二人の関係もあれから色々あった。
甘い思い出も。苦い思い出も…
それらを乗り越えて、私は今とっても幸せです。
「ほら、コーヒー」
「ありがと、ほら隣座って」
そう促す彩の左の薬指にはきらりと光る甘い二人の結晶である結婚指輪があった。
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