旅行

「はぁ〜、疲れたぁ〜」

そう言ってカバンを投げ捨てて長い髪を振り乱して倒れこむ咲綺。

「ちょっと咲綺姉さきねえ。ちゃんと荷物整理してよ。それに疲れたは僕の台詞なんだけど…」

ずっと運転してたのは祐希ゆうきなのだ。

咲綺は助手席でゆっくりしていただけ。

「わかってないなぁ、ずっと座ってるのも疲れるんだぞ!」

「それなら代わってくれたってよかったんじゃ…」

「それはヤダ!」

何故か咲綺さきは運転をほとんどしない。

そのため二人で出かけるときは祐希が運転手を務める。

それでも祐希が嫌がらないのは運転をするのが楽しいと思ってるからなのだ。

「それとユキ、いい加減その『咲綺姉』っていうのやめようよ。恋人同士なんだし」

すごく不満そうな顔でそう言う。

祐希と咲綺は昔から一緒にいたいわゆる幼馴染。

一年ほど前に祐希の告白を受け付き合う事になったのである。

「そんなこと言われても咲綺姉って呼びすぎてなんというかむず痒くて」

咲綺姉と呼ぶたびに膨らんでいく頬。

「…咲綺」

「よろしい!」

膨らんでいた頬が萎み笑顔になる咲綺。

「さ、早く荷物整理しちゃいましょ。この辺のデートスポット回りたいし」

起き上がり素早く荷物を隅にまとめて必要なものを出していく。

「運転手はもちろん…」

「ユキに決まってるじゃない!!」

「ですよね〜」

分かっていた事なのだが…。

祐希も部屋に上がり同じように荷物を整理をする。

「先に降りてるよ〜?」

「ちょっ、待って。すぐ行くから」

小さいカバンを持って先に部屋を出て行こうとする咲綺を制止し慌てて追いかけるのだった。


「「ご馳走さまでした〜」」

二人揃って晩御飯を食べて寝転がる。

あれから色々な所を回って宿に戻ってきて用意されていた夕食を食べた。

「ご飯も食べ終わったしあとはお風呂だけだね」

「お風呂…」

思わず咲綺と一緒にお風呂に入っている妄想をしてしまう。

「ユキ、一緒に入ろうか?」

「ぶっ!!」

まるで見透かしているようなタイミングで咲綺が言う。

「咲綺姉!?ちょっと待って!!」

「ほら昔はよく一緒に入ったじゃない」

「昔だよね!?今は一緒に入ってないよね!!」

「ほら、今は恋人同士なんだし別におかしくなんて…」

「いや、ほらまだ早いといいますか…心の準備といいますかね…そのですね…」

あまりに突然の事で何を言ってるのか自分でも分からない。

一人で、あたふたとしていると咲綺が笑い出す。

「あはは、冗談だよ。ユキにはまだ刺激が強かったかな」

「そ、そうだよ、まだー」

早いと言おうとした時さらに祐希の思考を吹き飛ばす事を言った。

「そのうち、ユキから言ってくれるんだよね?」

「――――っ!?」

「それじゃ先にお風呂行ってくるね〜」

そう言って部屋用の浴衣を手に持って部屋を出て行った。

一人部屋に残された祐希。

まだ心ここに在らずといった状態でしばらくそのまま放心状態だった。


あれからしばらく放心状態だったがなんとか戻ってきて慌てて浴衣を手にお風呂に走って1日の疲れを癒して部屋に戻ってきた。

「あれ?まだ戻ってきてないのか」

先に出たはずの咲綺はまだ戻ってきていなかった。

特にすることも無いので布団の上でゴロゴロしていることにした。

それから少しして、部屋の扉が開く音がした。

「あれ?ユキもうお風呂行ってきたの?」

「うん、もう戻ってきて…る…」

部屋に戻ってきた咲綺は凄く色っぽかった。

お風呂で充分に温まってきて火照っている身体。しっとりとした髪。浴衣から覗く肌。

「あ、もう寝る?それならちょっと待って。髪しっかり乾かしちゃうから」

そう言って髪を乾かし始める咲綺に見惚れてしまう。

慣れた手つきで髪を乾かし終わり祐希の隣に並べられた布団に横になる。

その拍子にふわりと香る甘い香りにさらにドキッとしてしまう。

「こうして一緒に寝るのは初めてかな?」

「昔はよく咲綺姉の布団に潜ってた気がする」

「あー、うちもユキのとこもホラー映画好きだったからね」

家族で集まったかと思えばいきなりホラー映画鑑賞会が始まるのだ。

一人で寝れない時はよく咲綺の布団で一緒に寝ていた。

「それじゃ初めてじゃないね」

「いや、初めてだよ。こうして恋人としては…」

そういうと咲綺は少し驚いた顔をしていた。

「たまーに、ユキって言うよね」

「え?」

「なーんでもないよ」

そう言って布団に潜っていく。

「ほら、早く寝ないと。明日も早く起きていろんなところ行くんだから!」

「ちょ!電気!!」

「ユキが消して」

仕方なく立ち上がり部屋の電気を消しに行く。

「それじゃ、消すよ〜。おやすみ〜」

電気を消して自分の布団に戻り咲綺の隣の布団に戻る。

運転したり歩き疲れていたのでやってきた睡魔にすんなりと受け入れてそのまま眠りについた。


翌朝、目を覚まして咲綺の寝ているはずの布団の方を見る。

すると咲綺の布団には誰もおらず代わりに祐希のすぐ隣に咲綺の寝顔があった。

(え、どういうことこれ…)

まだ寝ぼけていた頭が一気に覚醒。

たしかに自分が寝る直前は一緒に寝ていなかったはず…

しかし咲綺の幸せそうな寝顔を見ているとなんだかどうでもよくなった。

「とりあえず、しばらくはこのままかな」

なんて呟いて祐希はしばらく咲綺の寝顔を堪能していた。


ちなみに、咲綺は一度起きて祐希の隣で寝顔を堪能して二度寝をしているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る