第5話「対決」

 盛り上がっている時に背後からいきなり掛けられた声に、彼らは驚きのあまり大声を出してしまった。慌てて口を押さえるが、時既に遅し。


「なんだ騒々しい」

 突如上がった声に、梅林の二人はともに食堂じきどうの方を向いた。

「あっ、あいつら」

 見れば、追い払われたはずの沙弥しゃみたちである。彼らは向けられた視線に気づくと、大慌てで走り出し、姿を消した。

「聞かれたかな?」

「この距離じゃ、内容までは無理だろう」

「ならいいけど。――でもあれ絶対誤解したな。ただでさえつまらん噂が立ってるってのに、また恰好のネタを提供しちまった。あーあ」

 珂惟かいは一つため息をつくと、再び箒を拾い、枝葉の小山を築き始めた。だが上座は、目の上に手を翳したまま、尚も食堂の方を見ている。

「まだ誰かいるぞ。こっちに来る」

 その声に珂惟は振り返り、再びそちらに目を遣った。そして軽い声を上げる。

「ああ。双璧の片割れ」

「双璧の? 琅惺ろうせいか」

 手を止め、面白そうに琅惺を見ている珂惟に、上座は大仰にため息をつき、

「同じ双璧でも片や度を最年少で度に合格し、片やしがない行者ぎょうじゃのまま。いくら修行期間が半年違うといっても、お前は一つ年上なんだぞ。情けないとは思わないのか」

 「行者」とは寺に住み、雑務をこなしながら仏門修行をする者のこと。度に合格しない限りは在家信者扱いのため、髪を下ろすことは許されていない。ちなみに度は、十五歳から受けることができる。

「へえ、やっぱりよかったじゃん。俺が受けてたら今頃あいつ、あんな涼しい顔と頭してられないだろ。あー、いいことした」

 言いながら珂惟は、箒を胸前で止めたまま動かさず、肩越しに近づいて来る琅惺を、待ち構えるように見ていた。

「どうした」

 上座は琅惺に近づきながら声をかける。

和上わじょう。そろそろ張様がお見えになります」

 「和上」とは沙弥の指導者たる比丘のことで、僧団内の父親と言ってもいい。沙弥は和上の身の回りの世話をしつつ、和上より様々な教えを賜わる。上座が和上ということ自体から、琅惺の将来が約束されていることが知れるというもの。

「ああそうだった。では急ぐか」

 上座は珂惟に一瞥を投げると梅林を抜け、琅惺の前を横切る。

 琅惺は軽く頭を下げたまま、上座が行き過ぎるのを待った。そしてその後に続こうとして――ふと踵を返す。

 珂惟もゆっくりと向き直った。

 二人の目が合う。

「おおっ、双璧の対決」

 逃げたと見せかけて、沙弥たちは今度は本堂と食堂の間にある講堂の陰からその様子を窺っていた。

「というより上座の取り合いじゃん?」

「そういや両方とも上座が拾って来たんだよな」

 一瞬後、琅惺は再び珂惟に背を向け、上座の後に従う。

「おお、怖っ」

 珂惟は笑みさえ浮かべながらそう呟くと、二人が建物の陰に消えるのを見ていた。

 風が吹く。

 すると梅の香りが鼻を擽り、舞い散る花片が、なびく髪にまとわり付くように散っていく。


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