第4話「疑惑」

「おいおい、抱き合ってるぞ」

 本堂の真北、背を向けて立つ二人からは死角になってる食堂じきどうの片隅に身を潜めていた先程の沙弥しゃみたちが、微かに届く嬌声(と、彼らは思ってる)に顔を見合わせていた。

「本当だ。じゃ、噂は本当だったんだ」

「うそー、ショックだよ俺」

「いつからだよ?」

「かなり長そうだよ。あいつ確か寺に住んで六年になるし、それにあの二人何か似てない?」

「雰囲気そうかも。長年連れ添った夫婦は似るっていうもんなあ」

「――なあ、どっちが誘ったんだと思う?」

「そりゃ立場的に……、上座かみざだろ」

「でも珂惟かいも妙に色気あるというか……だって知ってる? 法珍さん、あいつ本命らしいよ」

「えっ! あの超厳格で強面の法珍さんが?」

「それ俺も聞いた。しかもあいつ、妓楼に入り浸ってるらしいぜ」

「ええっ本当かよ! いやでもそれは、いくらなんでも。第一、いつ行くんだよ」

「夜、抜け出してるらしいぜ。確かに、夜中に起きたら姿がないことが何回もあった」

「そういや、たまにいい匂いがすることもあったな。昼間花の世話をしたから、とか言ってたけど……。なるほど、それなら納得」

「でもさ、寺を抜け出したって坊門閉まってるだろ。この坊内には妓楼なんかないぞ。他の坊に行くにしたって城内をくまなく歩き回ってる衛士の目を盗んで、どうやって行くんだ」


 長安は、皇帝のおわす宮城と、官庁街である皇城を最北に、東西十四、南北十一の大路で碁盤状に区画されていた。大路の幅や長さはまちまちであったが、長安随一のメインストリートであり、城内を東西に二分する形で南北に走る朱雀大路は、幅百五十メートル、長さは約五キロという規模であったという。

 そして碁盤の目にあたるのが、高さ一丈の「ぼうしょく(土壁)で形成される、面積一平方キロメートルほどの「坊」である。東西南北には「坊」門が設けられており、小路で区画されたその「坊」内で、人々は生活をしていた。坊門は夕暮れとともに打たれる「暮鼓」が止んだ後は全て閉じられる。その後、坊を勝手に出る者は、城内を警邏する衛士に見つかり次第、厳罰に処されるしくみだ。


「ああ見えてヤツは不思議と身軽だからなあ。年末の煤払いの時にさ、鐘楼の二階の手すりが折れたじゃん? あそこからヤツ落ちたんだけど、ちゃんと受け身取ってたし」

「えっ? あれって落ちてきた手すりに当たったんじゃなかったのかよ。だってあそこからって、軽く二丈はあるだろうが。死ぬぞ普通」

「かすり傷程度だったぜ。運がよかったって本人は言ってたけど」

「それにしても妓楼って――本当なら僧になる資格ないじゃん」

「と言うより、なる気ないだろ。普段あれだけピンピンしてるのに、度の前になると頭痛だ腹痛だって。自由でいたいんだろ」

「何だよふざけやがって。そんな奴いると寺の風紀が乱れるよなー。やる気なくなるっていうか。ちょっと賢くて大覚寺の双璧とか呼ばれてるからって調子乗ってねえ? 品行方正を絵で描いた片割れもいけ好かねえけど、ああいう人生なめきった奴はもっとムカつく。なら出てけっての」

「――すみません」

「うっ・わーっ!」

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