したしい敵

 ――敵……魔狼?

 

 背後に気配を感じ、ミコシエは振り向きざまに斬りつけるが、すり抜けていく。

 何もいない。

 しかし依然、周囲は気配に囲まれている。

 その気配は何ということはない、すでにミコシエにとってはしたしいものだ。

 

 どこだろう。

 誰もいない。

 当然だ、これは私の夢の中……夢の中まで追ってくる。

 私を、眠らせてはくれないのだな。ミコシエはふっと笑う。

 

 したしい敵。

 まっ白な夢に、黒いぼやけた影が幾つも、浮かび上がってくる。

 したしい敵達だ。

 どれだけ、戦ってきただろう。

 

 剣を振るうと、相手も応じてくれる。

 ひと通り戦うと、先へ先へ逃げていく。

 私を、そうして死へと導いてくれているのか?

 

 それなら、穏やかな死がいい。

 おまえ達の牙になどはかかりたくもない。

 

 細かい雨が降ってくる。

 行けそうな気がする。

 もしかしたらこの先に、探す物が……?

 

 しかし、雨が温かい。

 なぜだろう。

 進む気がうせる。

 

 雨、違う……女? そうか。……

 

 目覚める。

 女が、名を呼んでいる。

 ミコシエは不機嫌に、目覚める。

 

「いやな夢でも?」

「……ああ」

 

 探し物が見つかったかもしれない。

 しかし、この女のせいで……いや、死だったのかもしれない。

 あの先にあったのはただの、死。

 それなら、あるいはこの女のおかげで救われた、のかもしれない。

 

 死、か……しかし生きていたとて、私には、もうきっと……

 

 生きていればいい、すべきことがあるなら――と女に言った。

 しかし、何があるというのだ、探すべき物が見つからない……とっくに探し物などもうないものになってしまっているのなら……

 

「ありがとう」

 レーネがふと言った。

 

「ん……何が」

 

 まだ夜は明けていないようで、うろの外の暗闇から、白い雪がちらちらと舞ってきている。

 

「生きていればいい、すべきことがあるなら――そう、言ってくれたこと。ありがとう」

 

 今更……紛らわしに言っただけだ。ミコシエは思った。

 だけど、闇に、浮かんでいるレーネの顔の白さが、不思議な光のように見えて、それはとてもきれいなもので、そう思うとその光の中から見つめているレーネの瞳にミコシエは思わぬ胸の高鳴りを覚えてしまった。

 光?

 もしかしたら、この人が導いてくれるのかもしれない。

 それはあるいは探し物ではなく、別の方向へ、かもしれない。

 でも、それでもいい。

 今は、少しでも明るい方向へ行きたいのだと、今までに思いもしなかったようなことが心に浮かんではっとする。

 

「私……」

 

 レーネが、その瞳を閉じて呼吸を置く。

 

「オーラスへ、必ず辿り着いてみせる。それが私のすべきこと」

 

 それは……明るい方向ではなく、そこにあるのは死、死体だ……ミコシエは不思議と心の中で何かが騒ぎ叫ぶのを聞いたように思う。

 この人が夫を追いかけているかもしれない、と言うのは、追いかけて、追いついて死へ辿り着くということではないのか。

 いや、その死を乗り越えて……この人にとってまず今はその死を乗り越えねば先へ行けないのだろう。

 

 行こう、オーラスへ。

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