樹の上の野宿
「しつこいわね、あいつらも……あの死体だけでは、足りなかったのかしら」
「もうすぐ冬だからな。蓄えが要るので必死というところだろう」
魔狼の追撃はやまなかった。
安易に攻撃を加えてくることはなくなったが、こちらが弱るのか、どこかでチャンスが来るのを待っているのだろう。絶えず、距離を置いてつけてくるのだった。
「ミコシエ。峠越えはそろそろ?」
「まだ。まだ、これから深くなる」
「……」
そう聞くとレーネは口をつぐんで、そうなると二人は無言になりそのまま歩くのだった。
ミコシエの方から話を切り出すことはなかった。
「あ……」
「どうした。何か」
「雪」
「うむ。……冬、か。しかしこんなに早く降るとは。雪が積もれば峠は越せなくなる。急がねば」
「ええ……」
その日も、魔狼の牙の届かない樹を見つけ、野宿になった。
ミコシエのいた一団は峠越えの前に念入りに聞き込みをしていたが、この先、反対側の麓に抜けるまでにもう安全な小屋などはないとのことだった。
峠に入って一週間になる。
そろそろ峠の最深部にあたる頃で、そこからは三日四日歩けば峠を越せる距離にある。
しかしこの付近が最も危険な領域でもあった。
さいわいに、樹には身を隠せる程度のうろがあり、中はかつて大鳥でも住んでいたのか葉っぱや朽ち木が敷き詰められており今はもぬけの殻であった。
魔法の火をつけていたが、時間も経ちそれが消えると、うろの中と言えどうしようもない寒さに見舞われる。
「仕方ないでしょう。この場合は」
レーネはミコシエの方に身を寄せてくる前に、そうひとこと言った。
「……いやではないのか。連中と一緒にいたような私だ」
そう言って、ミコシエはすまないと謝った。
レーネにとって無論思い返したくもない出来事であったが、あれからの彼女は気落ちしている様子もなく、気丈で、連中のことを話題に触れると、生き残りに会うことがあれば今度は火でお返しをさせてもらうと言うのだった。
「いいえ……。それにあなたは、見てただけだしね。女に興味のない類の男のようだし」
「……私は、見てもいないのだ。あのとき私は……」
「あのとき、じゃあ何を見て?」
「私は……いや、それから、私は女に興味がない類でもないし、男に興味がある類でもない。私は……」
レーネはミコシエと背中合わせになる。
「狭いし、魔法の火じゃ、温まらないでしょう。あなたこそ、いいの? こうしてても……」
「……ああ。かまわない……服越しならばな。私は、あなたの魔法の火だけでも、何とか凍えずに夜は越せそうな温かさだと思うが」
レーネは微妙な誉め具合だと言った。
だけどレーネは、意外なことに自分の火の魔法の腕には実際、自信があるわけでもないし、夫らとの冒険行で実戦に役立てたこともあまり多くはないのだということを話した。
「私は火の家系だと言ったけれど、それこそリュエル家のような由緒正しき家系ではなく、むしろ魔女などを輩出した異端の家系でもあった。私と彼……リュエルとの出会い。最初、私は異端とされてきた辺境の輩をまとめる一族の娘だったわけ。勇者ご一行は最初私たち異端を討伐に来たわけだったの」
「討伐されたのか? そうして改心して、リュエルの味方になった」
「そんな、おとぎ話のような単純な話ではないけれど。
リュエルは私達と対峙したけど、すぐに倒すべき真の敵を理解して、つまり異端を虐げていた土地の領主を私らと協力して討ったのよ」
「で、リュエルの仲間になったのは?」
「そのときすでに、彼には優秀な戦士も、魔法の使い手もついていたから……私はそのときはまだ魔法も真面目に学んだこともなくって、でも魔法の使える家系だということと、戦いもできるし、土地では顔も利くしということで、何でも屋・便利屋みたいなふうにして……憧れのリュエルについていった」
「そこから、リュエルと結ばれるまでの話は、次にゆっくり休める夜にでも聞くとしよう」
「ミコシエ。ところで、あなたのことも少し、聞かせてくれてもいいのではない? 別に、無理にとは言わないけれど……」
「……」
「重たい沈黙しかないのか。もしかしたら、連中なんかより正真正銘の犯罪者だとか……例えば殺し屋? 腕は確かだからね。で、逃げているとか?」
「逃げて……いや、違う。私は、探しているのだ」
「探し物? いえ、人探し? それはあなたの大事な人、それとも仇?」
「人ではないな」
「ふぅん……財宝、かしら?」
「いや、……そのようなものでもない。他人に与り知れるようなものではないのだ」
「はぐらかされたようね。それとも、知られたくない過去、なのかしら。だったら、これ以上は、聞かない」
「いや、うむ。……寝よう」
ミコシエは横になった。
「……わかった。ごめんなさい、ただ、気持ちがどうしても重くなってきて。お守りはなくしたけど、代わりにミコシエに会うことができてよかった。今は、そう思っているわよ。ここまでは必死に走ってきただけだったから」
レーネは一度起き上がり、うろの外を覗く。雪が少しだけ、うろの中に入り込んできている。顔を出すと冷たい風にあたる。
「おやすみ」
レーネもミコシエのとなりに、少しだけ触れるようにして体を横たえた。
「明日の朝もまた、下にいる狼と一戦になるわ」
「ああ。雪が降ってもう峠に入ってくる旅人はいない。やつらも必死なのだ」
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