第18話独白

さようならーー



午前六時の寒空とプラットホームに二人の影。

僕と冬服の青年はベンチに腰掛けていた。

空気は数分前まで夏夜を生きていた僕に

落落と刺さり

少し先に見える某都市ネクロポリス

霞の無い空が朝焼けを壮麗に見立てた。

彼は古ぼけた手帳をパラパラと

一枚、一枚、ゆっくり捲る。

静寂の中に一声を切り出したのは僕だった。

『終わったよ。』

それ以外に何も浮かばなかった。

青年は手帳をバタンと閉じ

『そうだな。』とだけ答えた。

空白の景色に響く声の後、青年が切り出す。

『お前を見ていると、自分は何だ?何者だ?

何の為にここにいるのだ?と問いたくなる。だが、答えは簡単に浮かぶ。

俺は”神”であり、

この世界を順調に廻す歯車であり、

動力であり、ブレインだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

0と1の狭間の世界でとこしえの朝焼けと

虚無の都市に那由多を唱え続け、最早、自分の忌み名すら忘れてしまった。』

青年は目を閉じ淡々と語る。

その表情には淋しさに満ちていた。

『君は…』僕は彼に真意を

問うつもりだったのだが、

彼は意に止めず続けた。

『初めはこんな姿ではなかったかもしれない。

こんな場所じゃなかったかもしれない。

だが、気づいたらこうなっていた。

永い時を過ごし、

様々な者を物を事を見てきた。

イスカリオテの亡者が裏切りを後悔し

縊死したのを覚えている。

第三帝国の総統の語った哲学を

『平和は剣によってのみ守られる。』という人間の理不尽で不条理だが必然的な哲学に

感動すら覚えた。それから人々は争い、

三千世界の天地あまつちを焼き尽くし、殺し殺され、気がついたら人々は飽きたように争いを止め、万人の屍に恰も己が作り上げたように平和の旗を突き刺す。そんな全てを見てきた。

そしてその歯車を廻し続けた。

俺が善なのか悪なのか考えた事もなかった。俺は役目を果たしているだけだ。

例え、万人が死のうが、総統がどんな哲学を語り、唄を歌おうが、知った事ではない。俺は仕事をしただけだ。それを否定するというのなら、この世界そのものを否定する事になってしまう。

『我思う故に我在り。』

なんて究極のフィロソフィーに則り、1の世界に浸りながら生きたい。

そう願った日もあったかもしれない。

だが無論叶わない戯言だ。

そう感じ生きていた。』

そう言い終わると彼は立ち上がる。


僕はただ、彼の独白を隣で

聞いていた。ただ、聞いていた。


『だが、もうお終いにしよう。』

彼が少し笑みを浮かべ僕の方も向く。

『流転は終わり、俺の仕事も終わった。

お前達のようなのを出さない為にも

輪廻の輪を切ろうと思う。

無論、俺の一存ではできないが

これ以上この世界のバランスを崩す

訳にはいかない。干渉は沈黙の天敵だ。

無論、別の形でバランスをとる事になるだろうが、

どうなるかはわからない。

とりあえず俺の仕事はここまでだ。』

彼がそう言うと遠くから電車の音がした。

数秒後駅に電車が止まり、

彼は乗り込む。

僕はわからず、彼についていこうとした。

しかし、

『だめだ。』彼は僕を止めた。

『お前は次の列車に乗れ。これは、此処より下に下る列車だ。』


僕は彼に別れを告げようとするが言葉足らずの頭では思いつく文もなく、ただ、彼を見つめた。


『お別れだ。ーーー楽しかったぞーーー


ドアが閉まり彼は去って行った。



僕は何も言わず、またベンチに腰掛けた。

すると彼の忘れ物に気づいた。

古ぼけた手帳がベンチに転がっていたのだ。


捲ってみると殴り書かれた筆記体のスペリングがびっしりと書かれており、

到底、読解できそうもなかった。

だが、

一箇所だけ、見覚えのある文を見つけた。

有名なカミュの名言だ。

ーDon’t walk behind me; I may not lead. Don’t walk in front of me; I may not follow. Just walk beside me and be my friend.ー


僕の後ろを歩かないでおくれ。

僕は導かないかもしれないよ。

僕の前を歩かないでおくれ。

僕はついていかないかもしれないよ。

ただ僕と一緒に歩いて、

友達でいてほしいんだ。


そうとだけ読み取れた。


朝焼けの変わらぬ駅に静けさと

もう、聞こえない彼の声が響いた気がした。




後書き

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