第17話No_title

あなたが呼んだから、わたしはここに来た。


僕は、夕刻の山道をただ走っていた。

全てを思い出したといえば嘘になるが、ある場所に行かねばならない。

行けば全てわかる。

そう感じたのだ。



どのくらい走っただろうか。

気がつけば辺りは開けており少し大きめの廃墟がぽつんと建っていた。

ただ、歴史と世界に忘れられたように佇むそれに見覚えがあったのだ。

『あぁ…思い出した…。』

思わず言葉が漏れる。

そうだ、ここで奴と…ネロと…

僕は思わず駆け出した。

そうだ、確かこの辺り、目を走らせる。

そして見つけた。


『ははは…遺体がみつかっていない?そりゃそうだ。だって彼女はここに”在る”んだから!十年も前と変わらず!!』

頭がおかしくなったようだ。

そこにはあの日と何一つ変わらない

彼女。


朝霞 泉美が クチナシが眠っている。


そして、僕は視線に気がついた

振り返るとあの男だ。

緑の帽子と妙に高い背丈を猫背にして不気味に立つ男。


『お前が…ネロ。』

僕の口が勝手に開く。


『散々な目に遭った…』

男は頭を掻きながら答える。


色々と言っておきたいことはある。

が、どれから言えばわからず。取り敢えず、

『お前も、此処で”止まっていた”のか』

僕が質問すると彼はそれを遮るように返した。

『まだ、輪廻は廻っているのか…?』

おそらく廻っている。

具体的な事はわからないが冬服の青年に聞いた話では廻っているはずだ。

僕は不確かな確証のまま

『あぁ…』とだけ答えた。

彼はゆっくり石に腰掛け

『そうか…』と言ったきりだ。

僕は気になっていた事を質問する。

『ネロ…お前が、お前達が、輪廻や世界

を順調に廻しているという

事には納得したし、

少しばかりのありがたみすら感じた。

…だが、何故、人を攫う、

今回のケースは異例だったのだろ?なら、

本来ならどうなっていたんだ?』

『そんな事聞いてどうする?』

ネロがギロッと睨む。

声は小さいが威圧に満ちている。

『殺してるよ。

正確には俺が殺すんじゃなくて、過去に死んだ事にしている。記憶操作と、喪失の繰り返しでな。』


僕は握り拳を押さえ込んだ。

許せなかった。

『ただ、必死に足掻いて踠いてを繰り返し生きている人をただ無差別に攫い死んだ事にしている?そんな事が許されると…!』

僕が力んで怒鳴ると、

彼は呆れたように、こちらを向く。

『お前、前会ったやつにも同じこと言わなかったか?

その時なんと返された?

俺がお前に返す言葉もまさしくそれだ。』


冬服の青年との会話が頭をよぎる。

その通りだった。

冬服の青年にも同じことで怒鳴り、同じことで諭された。

『けど…!』

納得できない。

『納得しなくてい。にんげん。ここで納得するやつはにんげんではない。俺は、お前のような、にんげんらしいにんげんが好きだ。納得と妥協は違う。理解と互譲は全く別物だ。わかる?わからない?関係ない。答えは曲げる事は出来ない。ただ、そこに存在する答えに打ちひしがれるお前に何がわかる?

長い年月を歩いたが故にわかった。

『死』とは究極の芸術だ。


反する『生』もまた、侵し難い芸術だ。


相対する美学には、倫理、哲学、教理。あらゆるそれらをそれらとして受け入れることができないことが起こりうる。異端の至極にあたるカニバリズム、ネクロフィリア、etc…それらは、お前たちFreaks《にんげん》が作り出した慎み深いジンクスだろ?

お前たちは常に矛盾を抱えている。

究極の愛はカニバリズムだ。

バラバラになった彼らこそが、本当の仲間のように感じられた。

お前たちの仲間が放ったセリフだぞ?にんげん。

有がある故に無がある

生がなければ死も起こり得ない。

簡単なことだ。

2つは対になって初めて意味を持つものだからだ。

この世界は廻る箱そのもの。

シュレディンガーの猫が入った

後先が二分割に別れた道が

縦横無尽に駆け巡る鳥籠だ。

この2秒後にお前は心臓麻痺で死ぬかもしれないし、このままのうのうと生き続けているかもしれない。

全ては那由多の可能性の内にある。

そう、これら全ては貴様らの軽薄なトートロジーで片付ける事ができる全という一だ。

これが世界であり、鳥籠であり、俺であり、お前だ。』

彼は僕を指差す。

こう話終えると彼の体躯は

みるみるうちにヒビ割れて行く。


僕は、呆然とそれを眺める。


『あぁ、時間だ。俺が消えれば、後は彼女あいつだけだ。』


そう呟き空を見上げる。

『いいもんだな、籠の外ってのも…

シンクレール…お前の勝ちだ。』

そう言った途端彼の身体は完全に砕け、塵になった。


僕は何も言わず、ただそれを見ていた。元凶であるはずなのに、憎むべき筈なのに、彼のそれは僕の心を青く染めた。








『終わりか…』

僕が呟くと、そこは教室の中だった。










『うん、終わったよ。』

優しい声が響く。

朝霞 泉美…

僕は口を開こうとしたが

彼女に先手を打たれた。


『ごめんね』

苦笑いで隠しているが

とても悲しげな声だ。

『なんで、君が、いや、あなたが謝るの?』

僕には、彼女に謝られる節が見当たらなかった。

『勝手なことして…

無理に輪廻に巻き込んで…

『ありがとう。』

彼女の言葉を遮り、僕は気持ちを伝えた。

彼女が輪廻に巻き込んでくれなければ、冬服の青年の言う通り、此処まで来れなかった。文字通り命の恩人なのだ。

彼女は少し俯き、

『たまたまそうなっただけ、もしかしたら、あなたの心が壊れていたかもしれない。』

『事実、僕はこうして此処にいるそれが答えだよ。解釈や、途中の方程式がどう変わろうが答えは此処にある通りさ。』

僕はできる限り明るい口調で話す。

……。

『よかった…』

しばらくして彼女が答えた。

彼女が元々口が利けなかったことなど遠に忘れ、彼女との会話はとても楽しく、どこか愁げだった。


『…そうそう、あの元気っ娘口調も大変だったんだよ〜』

彼女が、ふふふと微笑む。

本来の朝霞 泉美とは、この人とは

こういう人なのだ。


暫くして、彼女がまた俯く。

『本当に、ごめんね。

君を騙して、クチナシを演じて、此処まで来るのに幾度も他の人の命を使って君を無理矢理連れ戻して…沢山の人に迷惑を理不尽な仕打ちをしてしまった。君が此処まで辿り着いて

私の体躯を解いてくれるっていう愚念が心の何処かにあったんだ。確かな確証はない。けど、確かにあったんだ。』

彼女の目が涙目になっていく。

『本当は…もっと沢山…おしゃべりしたかった…友達も欲しかった。学校が、楽しいと思えるようになりたかった。

人として…人らしい生き方をして、

人…らしく…死にたかった…』

そう云うと、彼女は泣きじゃくり始めた。

…そうだ。彼女は元々こんな運命を辿る必要など無かったんだ。そんなこと最初っからわかってたはずだ。わかってたはずなのに、俺は…


彼女が泣き崩れる様を見つめ

僕は手を差し伸べる。

『…?』

彼女が泣きながら『なに?』とでも言いたげな表情でこちらを見る。



『また、いつか会いましょう。』

僕の頭に浮かんだ言葉はそれだけだった。

予想外の言葉に彼女は驚き、そして失笑した。


『どんなに歳をとっても、大きくなって、成人して、やがておじいさんになっても…あなたの事をきっと忘れません。もし、あなたが約束を覚えていてくれたなら、その時は、また会いましょう。』

言葉足らずで拙く、

格好悪いセリフだなんて、百も承知だ。

ただ、伝えたかった。

安心して欲しかった。

『大きくなったね。』

ふふっと笑いながら頭を撫でられる、背の低い女の子に撫でられるなんて、

不思議な感覚だ。

『あなたが変わらないだけだよ。』

僕も苦笑いで返す。

『うん、まぁ、そうなんだけど…』

彼女が何かを告げようとしたその時、彼女の身体が青く光りだした。


僕はネロの時と同じ喪失感に見舞われた。


僕が彼女の方を見ると

彼女は少し微笑み

『うん、時間なんだ。』

とだけ、答えた。

僕がどんな顔をしていたかなんて

わかりもしないのだが、恐らく泣いていたのだろう。


螢火のように一つ一つ小さくなって消えて行ゆく彼女が

僕の手を優しく握る。



ーーーまた、いつか。

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