第16話梔子

教室のあの子はだぁれ?


目の前に置かれたコーヒーカップから目を上げると

少女がニヤニヤしている

いや、正確には28のおばさん

らしいが僕にはとてもそう思えなかった。


『でっ…要件はなに?』

僕はコーヒーを啜るとそう告げた。


『あいや〜すまんね〜少年。

悪の組織に追われているんだ〜^ ^』



…正気か、こいつ…。


彼女の意図が読めない。


『用がないなら帰りますけど…俺、急いでるんで…』


急いでいるのはあながち嘘ではない

確認しなければならないことがある。


『まま!そう言わずに』

彼女はそう言うとすっと名刺を取り出す。


…超常現象研究家…隈くま 香織かおり…

超常現象研究家だって…?

そんな人がなんでおれに…?


彼女の顔をチラッと見ると

彼女はにやけ顏でこう尋ねた。


『君、”網谷祐”って子、知らない?』

慄いた。

体躯から溢れる汗が緊張と不安を隠しきれずにいた。

彼女はそんなこと気にしない模様で続けた。

『彼、大分前に行方不明になっててさ〜

交通事故に遭ったらしいんだけど、なんでも、それに神隠しが絡んでるんだって〜』

彼女が声のトーンを不気味にして

話しかけてくる。


…なんで…網谷祐の事を…


口では言えなかったが何度も心で

重複を繰り返していた。


『知りません…』

そう答える以外になかった。

『ふぅーん…そっか』

彼女が少しにやける

何かを感じ取られたようでいい気がしない。


『じゃあ…”朝霞泉美”って知ってる??』

朝霞泉美。先程の宿であった遺影の中の少女の事だ。


『その子も…神隠しに…?』

僕が尋ねると彼女は

『質問したいのこっちなんだけどなぁ…

うんそう言う事、なんでも10年くらい前に山に遊びに行ったきり帰って来なかったらしいよ。でも、一緒に遊びに行った男の子は無事だったてのが不思議で…


彼女の言葉は途中からまるで頭に入って来なくなった。


…朝霞泉美も行方不明?

…同じ神隠しの被害者?


…でも、輪廻を繰り返しているのは俺一人らしい。

…じゃあ彼女は何処へ…?




ジジジ…頭にノイズが奔る


あの子、唖者で…他の子達に馴染めなかったのよ…それで近所の小さな男の子とばかりいっつも遊んでてね…


おばさんの声がラジヲのように流れてくる。


…唖者…ってなんですか…?


僕の何気ない質問だ。


…あぁ、最近じゃ中々見かけないものね…言葉を話せない人の事よ。


おばさんが律儀に答える。


するとフラッシュバックのように何かが

頭の中に溢れてきた。


少年。恐らく。網谷祐だろう。

と少し年上、中学生くらいの

女の子が一緒に田圃の畦道を

楽しそうに歩いている。

すると、いきなり後方から飛んできた石。

彼女の背中と頭に命中した。


…痛い…と口では言えず少女はしゃがみこむ。


振り替ると、少女と同い年くらいの男子が2名、嘲るような顔で立っていた。

男子達は彼女を見るなりこう繰り返した。


『やーい!****!気味が悪いんじゃ!

どっか行け!』

『そうじゃ!そうじゃ!』




…今…彼女はなんと呼ばれた…?



『やーい!く**し!気味が悪いんじゃ!

どっか行け!』

『そうじゃ!そうじゃ!』


なんと呼ばれた…?



『やーい!くちなし!気味が悪いんじゃ!

どっか行け!』

『そうじゃ!そうじゃ!』



…そう言えばあの子、同級生の子達から変なあだ名で呼ばれてたわね…口無しって…喋れないから口が無いのと同じだって…


おばさんの声が蘇る。





『最後に一つ。』


…彼女との会話が蘇る。


『またですかー?さっき最後ってー…』

彼女が怠そうに云う。


…初めは白くて綺麗なあの花の事だとばかり思っていた。


『君の、君の名前だ。

君をなんと呼べばいい?』


…それは彼女の記憶を抉るものだったかもしれない…


彼女は少し意外そうな顔をして、悩むような素振りをし、こう答えた。


『どう呼んでくれても構いませんが……』

『クチナシ…

昔はそう呼ばれていました。(^^)』


あいつが…朝霞泉美…。


僕は、思わず立ち上がったいた。

彼女は未だににやけている。

なんなんだこの人はと思ったが

今はそんな事をしている場合ではない。


『ごちそうさまでした。』

僕は気持ちばかりの

小銭を置いて喫茶店から出た。


こんなことをしてる場合じゃない

確認しなければならないことが一つ増えた。












…名前がコロコロ変わるって大変そー…網谷くん…

ポツリと呟いたが

少女の外見をした女性の言葉に

耳を貸すものがいるわけでもなく。

ただひたすらに時間は流れていた。

彼女を残して。


突如背後からチョップが飛ぶ

『…ったぁ…』

振り返ると厳つい刑事デカ

2人がゼェゼェ言いながら立っていた。


『皐月…やっと見つけたぞ…』

井草が振り絞った声で言う。


『オォ〜諸君〜まぁ、座りたまえ。』


少女が向かいの席を指す。


2人が頷き席つく。


『どういう了見だ?なんで勝手に出歩く⁉︎こっちはどれだけ…あっ…アイスを2つミルクは無しで…』


怒鳴ってやろうとしたのにウェイトレスに出鼻をくちじかれた。


…えぇ〜ミルクはいりますよ〜!


隣でぶーぶーいっている車谷。



『で…何してた?』

平穏に尋ねる。

『なんにも〜?』

彼女が子供っぽく答える。

『お前…せめて中身だけでも大人…あぁ、すみません。』

またもや説教をウェイトレスに挫かれた。

車谷もクスクスと笑っている。


気を取り直して…


『で?何してた?』

コーヒーを啜りながら問う

『網谷祐と会ってた。』


ぶはっ!っと刑事二人はコーヒーを吐いた。


…網谷祐って…

あの行方不明になっている網谷祐か…⁉︎


…うん。


…何処で会った⁉︎


…商店街でふらっと


…何を話した⁉︎


…ここは暑いね〜って。


まともに取り合ってないな…

『で?彼はどこへ?』

彼女に尋ねる。

『確認する事があるって、つい10分前に出て行ったよ』


思わず机に項垂れる。

『入れ違いかよぉぉぉぉ…』


これから追っても無駄ですかね?

車谷が能天気に答える。


コーヒーを飲み干した

彼女がこう一言。


『よし!帰ろ!』


はっ?と云う顔で二人は

彼女を見ている。


『すまん、もう一度言ってくれないか…?』

井草が恐る恐る尋ねる。

『だから〜もう帰るんだって!』


そして付け足したように呟く。

『役目は、果たしたよ。』


なんの事かわからなかったが

彼女は笑っていた。


『わかった。帰るか…』

彼女の言いたい事はわからなかったが彼女の中では計画通り事は運ばれているということらしい。

俺たちが変なことをして狂わせる訳にはいかない。


『車谷、明日の始発の新幹線とってきてくれるか?』


『わかりました!』

彼もこの奇妙は旅が終わることに

少し嬉しそうだった。




陽はすっかり沈んで


藍と赤のコントラストが

なんとも優しい色で空を紡いでいた。


淡い空も下。


少年はただ走っていた。

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