第51話「Good Luck!」
翌朝。私はベッドとトイレを往復するカズさんの気配で目を覚ました。
彼は、お約束の二日酔と苦戦中のようだ。
「大丈夫?お水いっぱい飲んで吐いちゃいなよ」
「う、うん・・・」
ダメだと分かりつつもやってしまうのが深酒だ。
昨日のうちに注文した朝食のお粥が運ばれてきたが、口をつけたのは私だけだった。
げんなりする彼の背中を擦りながら朝のひとときは過ぎていく。
※ ※
8時をまわった頃に列車はマレーシア領に入った。
メンテナンスが行き届いているからか、先ほどまでの揺れが嘘のようにおさまったことで彼の体調はずいぶんと良くなったようだ。
「間もなく国境です。すべての荷物を持って出入国審査を受けて下さい!」
車内にパダン・ブサール駅到着を告げるアナウンスが流れた。
「いよいよ国境だね~!」
一時はどうなるかと思ったカズさんの顔に血色が戻っている。
※ ※
ホームに降りた二人がまず向かうのは駅舎に併設されたタイのイミグレーションだ。乗客が少なかったせいか出国審査は10分も掛からずに終わってしまった。
昨晩、一緒に飲んだ白人男性もすんなりと通過できたようで、目が合った私にウィンクを返してきた。
ビザランで利用するポイペト国境(タイとカンボジアの国境)では、2時間近く待たされることもしょっちゅうだったため、このスムーズさには感動すら覚えたほどだ。
私は、鼻歌でも歌いたい気分でマレーシア側へと進んだのである。
ところが、ここでトラブルが発生する。
カズさんと別々のレーンに並んだのが運の尽き。私のパスポートを荒っぽく受け取った担当官が難癖を付けてきた。
職業や入国目的をネチネチと問いただしてきた挙句、「顔と写真が一致しない!」と文句を言っている。
世界最強のパスポートを所持する日本人が、これほどうるさく絡まれるのは非常に稀だ。
私は「キレたら負け」と自分を律するも、意地悪そうな中年職員は開放してくれそうにない。
「Faggot!」
どこで憶えたのか知らないが、これは「ホモ野郎」あるいは「オカマ野郎」といったニュアンスの侮辱的なスラングだ。
「クソジジイ・・・」
と、まさにシンイチが現れる寸前である。
「Let's not rock the boat.」
後ろにいた昨夜の白人男性が割って入った。
そして、懐から取り出した手帳を担当官に提示すると、なんと現場があっさりと収まってしまったのである。
見た目の年齢からは想像もつかない身のこなし。
自らを「ベン」と名乗るミステリアスな男性が、ただのリタイヤ親父でないことだけは察しがつく。
「Thank you so much.」
お礼を伝えたかった私が、売店で買ったタイガービールをプレゼントすると、メールアドレスだけが書かれたメモを渡してよこした。
「Good luck!」
自然とこんな振る舞いが出来る男をジェントメンと呼ぶのであろう。
このハプニングがキッカケで私とベンさんは近況を報告し合う間柄になったのであ
る。
バンコクキッド3へ続く
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