第50話 幸福追求権

 トロトロ走る列車が市街地を抜けると、車窓はこれぞ東南アジアという景観に変わった。

横たわる田園と石灰岩の山々を眺めながら二人の会話に花が咲く。

ボックスシートの簡易テーブルにはチャーンビールの空き缶が並んだ。


「さくら苑のは元気?」


中学時代にハマった経験がある彼は、シンナーの怖さを骨身にしみて知っていたのだ。孤児院の話になると、まず初めにこの件を口にした。


「それがね、今週からJ.Khmer groupで清掃のアルバイトを始めたの。お金が貯まったら中古のバイクを買うんだって。将来はトゥクトゥクの運転手になるって頑張ってるよ!」


「そか。それを聞いて安心したよ。この歳なって分かった気がするなぁ。シンナーに溺れる俺を見てた家族や友人は、こんな風に辛かったんだってね」


カズさんは過去の自分とダブって見える少年が心配でならなかったようだ。

私に顔を隠すよう、そっぽを向いた彼がサッと目尻を拭った。


 危険薬物の乱用は自身の健康を蝕むばかりでなく、周囲の幸せまで奪ってしまう。つまり、マリファナとシンナーの決定的は違いは、心を痛める「被害者」が存在する点だ。被害者が存在する以上、日本国憲法第13条に規定される「幸福追求権」の主張はできない。


遠くない過去に中東やアフリカなどで年端もいかない子どもたちを戦場に送るため、麻薬漬にするという悍ましい事例があったようだ。

だが、そんな特殊ケースを除けばドラッグの常習者たちは「自分さえ良ければいい」と考える身勝手な人々であると言わざるをえない。


「それでね、なんと嬉しいことにアンコールワットマラソンの開会式で、さくら苑がギター演奏を披露することになったの。みんな必死に練習してるんだよ」


「おぉ、すげーじゃん!あの子たちのイマジンを聞いたらジーンときちゃうかもなー」


この人は、ジーンとくるどころか号泣しかねない。

そんなカズさんの感極まる姿が目に浮かぶようだ。


 とりとめもない会話を交わすうちに時刻が18時を過ぎると、順番に回ってきた車掌が座席をトランスフォームさせた。清潔なシーツを貼って枕を置けば立派なベッドの完成だ。


「今晩は一緒に寝ようね。ダーリン❤」


「えっ・・・。で、でも、狭すぎでしょ・・・」


こんな冗談を真に受けるところは相変わらずだ。


 小腹がすいた私は居眠りする彼に毛布をかけると食堂車に向かった。

そして、その日は、偶然相席になった初老の白人男性に何杯もビールをすすめられ、遅くまで盛り上がったのである。

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