第49話 深夜特急に乗って
「バンコクキッド」がフリーペーパーに初掲載されてから数ヶ月の時が流れた。
この日、休暇が取れた私とカズさんはタイ国鉄のホアランポーン駅でバタワース行きの寝台列車を待っていた。ラーマ5世の肖像が掲げられる駅舎内は、タイ各地へと向かう地元客やバックパッカーで大賑わいだ。
朝の8時になり、スピーカーから国歌が聞こえると、人々は歩みを止めて国王に敬意を表した。
私たちも自然とそれに習って起立する。
しばらくタイを離れていると、こんな場面の一つ一つが懐かしい。
近頃のカズさんは、コールセンターの仕事に加えて連載中のバンコクキッドの執筆もあり、多忙な毎日を過ごしていた。
かく言う私も仕事とボランティアの二足のわらじで、ほぼ休みなしだったのである。
二人の顔に、思わず笑みがこぼれるのも当然だろう。
乗り物酔いが心配なカズさんが、ジメンヒドリナートを買いにキオスクに入っていった。バタワースまでは22時間もかかるため、乗り物が苦手な人には必須のアイテムである。
※Dimenhydrinate (ジメンヒドリナート)=タイで売られる強力な酔い止め薬。駅構内や周辺の売店でワンシート(10タブレット)20バーツで購入可能。
「おまたせ~!」
戻ってきた彼の両手には、酒とつまみでパンパンの袋がぶら下がっている。
「カズさん、初っ端からやりすぎじゃない?」
「大丈夫!大丈夫!この薬があれば無敵でしょ」
その後、ハイペースでウイスキーを飲み干した彼は散々な目にあうのだが、まずは旅のルートを発表しよう。
今いるホアランポーン駅からマレーシアのバタワースまでは国境を跨いだ寝台列車の旅である。そして、フェリーで渡った先のペナン島で数日間滞在した後は、再びタイ側へ帰り、クラビ周辺の離島巡りを楽しむ予定だ。
こんなにも心躍るルートを彼と一緒に旅ができる。
想像しただけで、下腹の辺りから何とも言えないワクワク感がこみ上げてきた。
また、これから乗り込むマレー鉄道は、かの有名な「深夜特急」の舞台である。往年のバックパッカーなら、このバイブルを知らない人はいないだろう。列車に揺られ、ページをめくれば、時空を越えたシンクロが味わえるはずだ。
大きな期待を胸に、バンコクキッドたちの新たな物語が始まった。
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