第43話 クンダリーニ覚醒
シェムリアップに来てから早3ヶ月。
久々に丸一日のオフが取れた私は「お弁当」を持って、アンコール遺跡群のお気に入りスポットまで自転車を走らせた。
※「お弁当」=ジョイント
「支援する側もエンジョイしなきゃ、本当のボランティアじゃない」
これが口癖のサチエさんから、関係者だけに配られる遺跡のフリーパスを借りられたのだ
観光客が知らない秘密の場所に着いた私は、さっそく一服つけると火の呼吸に集中した。
※ ※
『クンダリーニヨガ』
呼吸法とマントラを組み合わせながら瞑想を行うことで悟りを得ようとするヨガ。
数ある流儀の中で最も完成度の高いヨガとされており、修行者は呼吸停止・脳波停止・心拍停止の世界を目指す。
これは、現代医学において死亡宣告を受ける危険な状態だが、高度な実践者は命懸けで「生と死の中間領域」を体験するのだ。
クンダリーニが覚醒(チャクラが活性化)すると神秘体験をもたらし悉地を得ると言われている。
※ ※
何を隠そう、シェムリアップでマリファナの入手ルートを教わったのもマダムなのだ。私がこの街に来たばかりの頃、トゥクトゥクのドライバーから引いたネタは、まさに「糞ネタ」だった。大量に吸った煙が喉に引っ掛かり、おまけにボンヤリとしかキマらない。トンレサップ産のマリファナも大差はなく、気軽に買いに行けないところが難点だ。
そんな事情から、私は地元で良いネタを入手するのを諦めていたのである。
ところが、サチエさんに招かれたホームパーティーで回ってきたジョイントは段違いの質だった。
初めて出会った瞬間の親近感は、マダム・サチエが「こちら側」の人間だったせいもあったのだろう。
惹かれ合う宇宙の法則。
スタンド使いが惹かれあうのと同様に、愛好家たちも目に見えないテレパシーで通じあってしまうのだ。
※ ※
四方にこだまする遺跡の声を聴きながら、私は深いトランス状態に入った。
30度を超える外気が浄化作用を促す追い風に変わる。
完璧なセッティングと強力なトビの相乗効果で意識は高いところへ昇華する。
流れる汗。遠退きそうになる記憶。
それは、けっして不快ではなく、母の胎内に還っていくかのような懐かしさがあった。
精神は実体のない「空」へと到達する。
心と身体の概念の消滅。
一切は移りゆく幻影。
この世とあの世の境にたたずむ「単なる私」
生を終えた魂が遥か彼方の黄金へと導かれていく。
しかし、その一方の深淵なる闇には、もがき苦しむ魂の一団があった。
暗い塊が、地球の呪縛に囚われたまま飛び立てずにいる。
やがて、白檀の芳香とともに阿弥陀如来の吐息が頬を撫ぜた。
すべての人を救うまで、私は成仏しない・・・。
※ ※
瞑想から覚めた私に刻まれる真理。
「すべての人を救うまで、私は成仏しない・・・」
今の自分には到底うかがい知ることのできぬ慈悲の境地。
私が取り組む活動は、偽善的、理想主義だと非難されるかもしれない。
だが、ボランティアや信仰はそれで良いと思っている。
社会に迎合する必要なんてない。
福祉と宗教は現実世界の対極に位置してこそ価値が生まれるのだ。
無色界から届く啓示を羅針盤に。
「私、頑張るよ・・・。信じてる」
あの人と一緒なら荒れる海原も渡っていけそうな気がしたのである。
※本エピソードでご紹介する「クンダリーニヨガ」につきましては、熟練の指導者のもとで実践されることを強くお勧めします。また、特定の宗教の教義や危険な呼吸法を推奨するものではありません。
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