第37話 マリファナ入門

 私たちは、新鮮なハーブと産みたての卵を抱えて民家に戻った。


 一息ついたところで、待ちきれずウズウズする私の前に、奥さんが棚の奥から乾燥大麻を持ってきた。そして、漁網ぎょもうの手入れをする旦那さんと娘たちに向かって何かを言うと、それを聞いた3人はどっと笑ったのである。


 その後、作業を終えたご主人が、大麻草は咳止めにつかったり、磨り潰して傷口に塗ったりと、古くから民間療法に用いるのだと教えてくれた。マリファナををタブー視するせいで医療目的の研究すら進まないどこかの国よりも、はるかに健康的である。


 若干話は逸れるが、我が国で大麻の有効利用について議論されない理由は「医療業界の利権を守るため」だ。


「庭に種を蒔くだけで育つ植物」で病が治ってしまっては都合が悪いのだ。つまり、日本の大手メディアは巨万の富を生む医療業界と結託し、大麻解放運動を黙殺しているのである。

そんな儲け主義の陰に、藁をも掴む思いで緩和ケアを望む患者がいることを忘れないでほしい。


 近年、世界の一流大学から、大麻の成分は「あらゆる病に有用性が認められる」との研究結果が次々に発表されている。「大麻の摂取は脳細胞を破壊する」などとを唱えるのは、今や田舎の三流大学くらいのものであろう。悲惨な交通事故や暴力沙汰が絶えないアルコール、受動喫煙の問題が深刻なタバコが大々的に推奨されるのはなぜか?

そればかりか、大麻の危険性を訴えるなら、メチル水銀が含まれるマグロやトランス脂肪酸が有害なマーガリンから先に規制しなければならないはずだ。


以上のように、大麻反対派の意見は小学生でも論破できるほど滑稽なのである。


     ※     ※


 私は、すぐにでも味見したい衝動をこらえ、大学生たちのハンモックを揺すった。


「起きて!起きて!もう!いつまで寝てんの!」


「あ、お、おはようございます・・・」


眠い目をこすりながら、なにごとかと転がり出てきた彼等を座らせると、私はジョイントを巻き始めた。


「アヤカさん!!こ、これって・・・。大麻じゃないですか!?」


「見れば分かるでしょ?なに?」


「てか、俺ら未経験なんすけど・・・麻薬っすよね。ヤバイですよ~」


「麻薬って・・・。あんたたち、どうせ暇なんだからもう少しお勉強しようね。ヘロインや覚醒剤と混同してない?」


驚くべきことに、なんとこの二人はマリファナも知らずに世界を語っていたのである。この際、私がをしない訳にはいかないだろう。


「マリファナで死んだ人はいないし、中毒で頭がおかしくなったなんて話も聞いたことないから安心して。煙を肺に入れたら、できるだけ長く息を止めてね」


レクチャーに耳を傾ける二人は、やがて意を決したようにジョイントを受け取った。そして、慣れない手つきで何度か煙を吸い込んでいるうちに、人生初のマリファナハイが訪れたようだ。


「あ~、なんかキタかも。うわぁ・・。メッチャ気持ちいい~」


「俺も俺も~。すげぇー。身体が宙に浮かぶ~」


正直に言うとトンレサップ産のネタの質はイマイチだった。のためか、THC含有量が貧弱なのである。


だが、入門を済ませた彼らの無垢なを見ていると、そのヴァイブレーションがこちらにも伝播した。


「アヤカ姐さ~ん。最高~っす!」


「僕は一生、姐さんについていきま~す」


「キャハハハ。これで君たちもの人間ね!」


すっかりマリファナが気に入った様子の彼等は夢心地だ。

途中から輪に加わった娘たちも腹を抱えて笑い転げている。


     ※     ※


 「アヤカ姐さん・・・」 


に、私を呼んだのはナオキくんだった。


サパーンタクシンのムーガタ屋。

愚痴をこぼすトムさんに、シンイチが怒声を浴びせたのがキッカケである。


懐かしい記憶の断片。


それは遠い昔のようでもあり、つい先日のようにも感じられる。


私は、「姐さん!姐さん!」と繰り返す学生たちが急に愛おしく思えてきた。


湖上生活の二日目が心地よいトリップとともに過ぎていく。

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