第36話「あっ、大麻草!」

 翌早朝。イビキをかく学生たちを置いて、私は奥さんと二人だけで水上菜園に出発した。


雲のように立ち込める霧が方向感覚を失わせる。


そんな視界のきかない船上で、私は「湖の生活」について考えを巡らせてみた。すると、実は意外にも理に適ったスタイルなのではないかと思い至ったのだ。


トンレサップ湖の住民は、止むを得ずここで暮らすことになったとはいえ、自然と上手に寄り添う姿は見習うべき点がある。


人類は長きにわたって水害と戦ってきたが、防潮堤やダムなど一瞬で破壊できるのが大自然のパワーだ。近年、世界中で発生する未曾有の天災は枚挙に暇がない。


地球の支配者のごとく振る舞う近頃のホモサピエンスは、少々傲慢になりすぎてはいないだろうか?


 殊勝な感覚を覚えながらボートに揺られていると、高い葦林を抜けた先に、ご夫婦が管理する水上菜園が現れた。


「うわぁ。面白い!」


上陸した場所に広がるのは、なんとも奇妙な光景だった。20メートル四方ほどのスペースに鶏小屋まで建っており、まさに「水に浮く農園」である。


嬉しさのあまり、子供のように走りまわる私に「穴があるから気をつけて!」と奥さんが声を上げた。

ハッと足下を覗くと、葦の地面が薄くなったところから水が染み出している。


野生のワニが生息する湖に、万が一でも落下すれば冗談では済まないだろう。


     ※     ※


 一歩一歩慎重に歩く私が、その植物を発見したのは鶏小屋の裏手だった。


「あっ、大麻草!」


生えている状態の大麻はネットや本でしか見たことがなかったが、特徴的な葉の形は間違えようもない。


試しに花穂(バッズ)を摘んでみると、粘り気のある樹脂がくっついた。


「あんた、それ知ってるの?」


近くで卵を拾う奥さんが身振りで問いかけてきた。


「はい。大好きなんです!」


私は、ジョイントを巻く仕草をしながら満面の笑みで答えた。


 霧が晴れたトンレサップ湖にカンボジアの強い日差しが照り始める。


眩しさに目を細めた私は「今日はハッピーな1日になりそうだ」と、期待に胸を膨らませた。


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