第34話 トンレサップ湖
トンレサップ湖への道中も大学生たちの旅自慢は止まらなかった。誘った手前、私はうんうんと相槌を打っていたが、いずれのエピソードも退屈だ。
さもありなん。何を隠そう、彼らの語る世界1周とは、商店街や居酒屋にポスターが貼られた「ピー●ボート」なる怪しげな船での旅だったのである。
お膳立てされたルートを周るだけの団体旅行がしたいのなら、定年退職後でも遅くはない。そこへ持ってきて「海外でのボランティア経験は就職に有利だ」などという会話が耳に入った時には苛立ちで瞼がピクついたほどだ。
だが、この期に及んでメンバー選びを間違えたと悔やんでも後の祭りである。
一同を乗せたボートは広大な
※ ※
20分もすると湖上にポツポツと浮かぶ建物が見えてきた。
売店、レストラン、カラオケパブ、床屋、ガソリンスタンド、学校、教会と、外観から確認できただけでも、陸地となんら変わらぬ生活が送れそうなほどあらゆる施設が揃っている。各民家の屋根にはパラボラアンテナまで設えてあり、テレビやラジオの音が漏れ聞こえてきた。
学校と雑貨屋の間を金ダライに乗ったちびっ子が、一寸法師のごとくスイスイと行き来する。
忽然と現れた水上の街は、ベンメリア以上のジブリワールドだった。
旅こそが最強のドラッグ。
私は、全身を駆け巡るナチュラルハイに酔いしれた。
「ヤベ~!この風景テレビで見たことある~」
世界を知る二人が安っぽいコメントを連発する。
ところが、そんな興奮状態の3人を巧妙な罠が待ち構えていた。
ふいにエンジンを切った船頭の少年が、「貧乏な子供たちのために食料を寄付してくれ」と言い出したのだ。
そして、「いきなり何?」と訝しむ間に、たちまち周囲は物売りたちのボートで埋め尽くされた。
(なるほど・・・)
安いツアーにはカラクリがあると思っていたが、この作戦は敵ながらあっぱれだ。もちろん私は「話が違う!」と食いさがったが、圧倒的な地の利を得るのは相手側である。
集まった水上生活者たちはフレンドリーに見えるも目は笑っていない。下手に刺激すれば強行手段にでてくる可能性もゼロではなさそうだ。しかし、脅せば金が取れる腰抜け民族だと味を占めれられては、今後トンレサップ湖を訪れる日本人に悪影響を及ぼしかねない。
「ヤバくね~、ヤバくね~」
「ア、アヤカさ~ん。ど、ど、どうしましょうか・・・」
怖気づく二人が半ベソで助けを求めてきた。
「・・・・・・」
初めから頼りにはしていなかったが、そのあまりに不甲斐ない様子を見た私は、物売りに囲まれた現状よりも意気地のない男どもに無性に腹が立った。
「テメーら!!グダグダ言ってんじゃねーぞ!」
カンボジアに来て早2回目のシンイチ登場である。
「!!!!」
突然の怒声に、大学生たちはつぶらな瞳をパチクリさせた。
ニヤニヤと薄笑いを浮かべていた船頭の少年まで、狐につままれたような表情で固まっている。
とどのつまり、シンイチのこの一喝がクリティカルヒットとなり、物売りたちのボートは蜘蛛の子を散らすように離れていったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます