第33話 ハニートラップ

 ここまで紹介しておいてから言うのもなんだが、アンコールワットやベンメリアはもはやメジャーな観光地のためが否めない。

そこでディープな旅マニア向けに、とっておきの体験談を紹介しよう。


     ※     ※


 事の始まりは日課のウォーキングから戻った時だ。


ツアーデスクのスタッフに、こんな企画の参加者を募っていると声をかけられたのである。


『新企画!トンレサップ湖の水上コテージでホームステイ!』


 トンレサップ湖とはシェムリアップからトゥクトゥクで南へ30分~1時間ほどに位置する東南アジア最大の湖である。そこで暮らす水上生活者の数は、なんと100万人以上にものぼるそうだ。

住民の大半はベトナム戦争から逃れてきた難民たちで、当時のカンボジア政府がトンレサップ湖を指定して住まわせたのがルーツだという。


 一年のうちに面積の拡大と縮小を何度も繰り返すトンレサップ湖には、森林のミネラル分がふんだんに流れ込むため、多種多様な淡水魚が生息する恵まれた漁場になっている。その特異な自然現象がもたらす豊富な水産資源は、カンボジア人の台所を支える大切な食料の一部なのだ。


こんなにも興味深い情報を知ったからには居ても立ってもいられない。

おまけに、今回はモニターツアーとのことで参加料金は20ドルと信じられないほど割安だ。


 即決で申し込みを済ませた私は出発の日を今か今かと待ちわびていた。


ところが、そんな期待をよそに1週間が過ぎても関心を示す旅行者は一向に現れなかったのである。それもそのはず、注意書きには以下のような不安をあおる文句が並べられていたからだ。


『万が一アクシデントに見舞われた際も、当社では一切の責任を負いかねます。宿泊先のコテージにガイドは同行いたしません。また、マラリヤ、水難事故、強盗、食中毒等のトラブルに十分お気をつけ下さい』


ただでさえ、アンコールワット遺跡群をはじめとする超有名スポットが目白押しのエリアなのだ。得体の知れないトンレサップ湖ツアーが霞んでしまうのも当然であろう。


こういった状況の中で、是が非でも参加者を集めたかった私にがひらめいた。


連日連夜、宿のレストランで「世界1周の武勇伝」を披露する学生風の二人組に目をつけたのだ。


「あなたたち旅慣れてそうね。一人じゃ不安なんで、ご一緒願えませんか?」


私は、彼らの自尊心をくすぐりつつ、魅惑のボディタッチで二人を攻めた。


無論、効果は抜群だった。


プロのハニートラップをエロの塊である若者がかわせるはずがない。


こんな機略を使って、少々強引なトンレサップ湖滞在ツアーが決まったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る