第32話 聖地ベンメリア

 数日後。朝早く起きた私はベンメリアを目指した。


すれ違う荷馬車や水たまりで遊ぶ子供たち。


シェムリアップから50キロ以上離れる遺跡へはトゥクトゥクで二時間弱の道のりだが、雄大な田園と高床式の集落を眺めているだけで全く苦にならなかった。


知らないはずの風景が古き好き日本のイメージと合わさり無性に懐かしくなる。


こんな田舎でほのぼのと暮らせたらどんなに幸せだろう。


そんな想像を広げていると、トゥクトゥクは遺跡へと続く石畳の前に横付けされた。


     ※     ※


 ベンメリアは「天空の城ラピュタ」のモデルになったと噂のため、近年ジブリファンの間で話題のスポットだ。

大部分が崩落したままの野生的なフォルムは、アンコールワットと異なる趣がある。

瓦礫の山をよじ登ったり、暗がりの地下回廊を進んでみたりと、気分はまるでインディジョーンズだ。


 このように、ベンメリアは発見当時の姿を今に残す貴重な遺跡だが、敷地の外側は未だ地雷が残る危険なエリアなので十分に注意されたい。


 私個人の感想としては、よく手入れされたアンコールワットよりもベンメリアをイチオシしたいところだが、ここに来て一つ残念な出来事があった。


それは、頭の悪そうな日本人カップルが大声で騒いでいたことである。

東南アジアの開放感に聖地ベンメリアのとくれば、ボルテージが天空の城までのぼってしまうのも無理はない。


だが、私は勝手放題に振る舞う二人をどうしても見過ごせなかった。


「お前らジャマ!!騒ぎたければパブストリートに行けよ!」


「・・・・・」


カンボジアに来て初のシンイチ降臨である。


その後、ポカンと口を開けるカップルを尻目に、私はベンメリア遺跡を歩き回った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る