第30話 失踪
妄想の世界へと迷い込んだ私は情緒不安定な毎日に苛まれた。
カズさんが特別な夜のパートナーに私を選んでくれた嬉しさもあったが、それ以上のスピードで歌舞伎町の悪夢が精神を侵食するのである。
そして、彼とナオキくんがチェンラーイに旅立った後。幾日かの眠れない夜を越えて至った答えは、あまりにも身勝手だった。
「手を繋いでくれた思い出を最後にしよう・・・」
マイナス思考に陥った頭に逃げるための口実が次々と押し寄せる。
「本気で人を愛したって子供を産めるわけじゃない。私にはオカマ好きの変態オヤジがお似合いだ・・・」
悲劇のヒロインを気取る自分に嫌気がさすが、今なら綺麗なままでお別れできる。バンコクで送った二人の日々は、記憶の中で色褪せることなく輝き続けるはずだ。
誰にも相談せずに行方をくらます私は失踪者のように映るだろうか?
いや、このエゴイスティックな行為は失踪以外の何ものでもない。
※ ※
退職手続きを終えた私は、センチメンタルな気分に浸ってばかりもいられなかった。現地採用者が会社を退職した際には、ビザの残り期間に関係なく7日以内にタイを出国しなければならないからだ。東南アジアに居続けるためには早めに次の仕事を探す必要がある。
このような理由から、慌てて近隣諸国の就職情報を調べたところ、私はカンボジアのシェムリアップに行ってみようと決めたのだった。
ボランティア活動が盛んなカンボジアでは、念願だった児童福祉に携わるチャンスも生まれるかも知れない。
※ ※
カズさんとナオキくんが旅から戻る前日にクローンサーンのアパートを引き払った私は、バンコク中心部のホテルに移った。
明日の朝にはドンムアン空港からシェムリアップに発つ予定だ。
バンコクで過ごす最後の晩。アソークの路上バーは今夜も熱気に包まれている。
(本当に何も告げずに去ってしまって良いの?)
私は3杯目のウィスキーを一息で呑みほすと、ブルーの便箋に短いセンテンスを綴った。
「ごめんねカズさん。さよならも言えなくて アヤカ」
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