第26話 男漁りと覚醒剤

 数日後、同じ遅番シフトだったカズさんとプチデートに出かけることになった。

翌日はたまたま休みが重なったため、「ターミナル21」で映画でも見ようと誘われたのである。


 この頃の私たちは、二人きりで食事や買物に行く日もめずらしくなかったが、それを「カップル」と呼ぶには微妙な距離感があった。

私から強引に「次の段階」へと関係を進めることもできたはずなのに、不思議と彼の前ではピュアな自分を演じてしまうのだ。


 「進撃の巨人」を見終わり「PIER21」で軽食を済ませたの私たちは、お酒でも呑んで帰ろうという流れになった。

ターミナル21付近の路上には、夜になると「屋台バー」が立ち並ぶので、お酒好きの私たちがスルー出来るはずがない。


 すぐ横の大通りを、けたたましい騒音をあげながらバスが走り抜けていく。

歩道を行き交う人々との間隔は肌が触れあいそうなほど近い。


そんなカオスなロケーションでお酒が楽しめるアソーク交差点は私のお気に入りだった。どの屋台にも一杯100バーツ前後でカクテルからウィスキーまで揃っているため、にはうってつけなのである。


 行きつけの屋台に座った二人がビールを注文すると、顔見知りのお姉さんがサービスの「スルメ」を出してくれた。一見オシャレなバーを装いながらも、つまみのセンスはいかにもタイである。


「ねぇ、この前マツジュンと下の公園のベンチにいたでしょ?」


そう私が尋ねたのは、カズさんがジョニ黒のロックに口をつけたタイミングだった。


「えっ!?」


「カオサンに向かうボートから見ちゃったの・・・」


「そうなんだ。実はマツジュンの相談に乗っててさ」

その後、カズさんはマツジュンとゴーゴボーイのついて、いきさつを語ってくれた。


「アヤカさん、うちの会社にあるって知ってる?」


「あぁ。それって有名な男漁りサークルだよね?」


 「金曜会」とは、週末の夜にソイ・トワイライト(ゴーゴーボーイ密集エリア)で男遊びをする社内の女子サークルである。

メンバーのビッチたちは、そこでしこまた酒を飲み、卑猥なショーを楽しんだあと、気に入った男をお持ち帰りするのだ。

猛者ともなると、同時に2,3人のイケメンを引き連れて堂々と自分のアパートにタクシーを乗り付けるそうだ。

また、金曜会にはセンターで一番のSVまで名を連ねるというから驚きである。


人目もはばからず、取っ替え引っ替え男を漁っては破廉恥な夜を過ごす日本人女たち・・・。


男の風俗遊びも醜いが、さすがに金曜会の傍若無人ぶりは狂っている。


若さゆえの好奇心。マツジュンは悪い噂が絶えない金曜会に軽い気持ちで参加したのである。そして、腕利きのゴーゴーボーイに絡め取られた彼女は、なんとにまで手を染めたのだ。


マツジュンが、夜の男にどっぷりと浸かる事実はショッキングだった。だが、それと同時に、彼女とカズさんの間に秘密がなかったことで安心する自分がいるのも否めない。


(なんて嫌な性格なの・・・)


 ヤーバーとはタイで蔓延する覚醒剤の一種で、マリファナやマジックマッシュルームは嗜む私も「絶対に手を出さない!」と決めていた薬物だ。

このスタンスは、カズさんやナオキくんとも一致しており、どんなに悪ふざけした夜も「ヤーバーをやってみよう!」とは絶対にならないのである。


バンコクコールセンターには覚醒剤の使用を噂されるグループが存在するが、私はこの手のドラッグ常習者たちとは距離を置いていた。いや、距離を置くどころか憎んでさえいたのかもしれない。


 私がこれ程まで覚醒剤を嫌うにはワケがある。


 一つ目の理由は、既に紹介したヨシキくんが児童養護施設に入った原因が、父親の覚醒剤乱用だったからだ。それを聞かされて以来、「覚醒剤は人を不幸にする」と強く印象づいていたのだ。


 もう一つの揺るぎない理由は「歌舞伎町の彼」の存在である。

ニューハーフバーでヤクザの店長と恋仲になった経緯は既にお話した通りだが、その後の二人には悲惨な終焉が待っていた。

優しかった彼が、ある時期を境に覚醒剤に溺れてしまったのである。

そして、最終的には私が日本を離れタイに来ることを決意せずにいられないほどの、抜き差しならない状況にまで追い込まれていったのだ。


あの辛い日々を思うとマツジュンの件はとても他人事ではない。彼女が男と関係を断ち切るには並大抵の決意では不可能だろう。


どんなアドバイスにも耳を貸さない彼女が、蟻地獄から這い出す道はただ一つ。


「自らの強い意思」だけなのである。


 私とカズさんは、深みにハマるマツジュンを危ぶみながら憂鬱な気分でアソーク交差点を後にした。

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