第24話 豊かな青春 惨めな老後

 ある日の午後。私がナオキくんと一緒にカオサンに向かった理由はを買うためである。

彼の部屋で魅力的なデザインのガラスパイプを見てからというもの、それがずっと気になっていたのだ。


 クローンサーン区からカオサンへは、対岸の船着場からチャオプラヤ・エクスプレスが運行しているので非常にアクセスが良い。

出発後、間もなくするとオリエンタルホテルのとなりに、バンコクコールセンターが入る「C●Tタワー」の勇姿が現れた。


「おっ?あれってカズさんとマツジュンじゃないっすか?ほら、川沿いの東屋にいますよ」


ナオキくんが二人を見つけたのは、その近未来的な鏡張りのビルの真横に来た地点だった。


「なーに深刻な顔で話し合ってるんすかねぇ・・・。よしっ!ライン送ってみましょう。きっとビックリしますよー」


「やめなよ!!放っておけばいいじゃん!」


「!?」


ヤバッ!強く言い過ぎちゃった・・・、と反省した時には既に手遅れ。勘の鋭い彼が「あれれ~?アヤカ姐さんヤキモチっすか~」と皮肉ってきた。


「なに!ケンカ売ってんの?」

ズバリ言い当てられたことが悔しかった私は、ナオキくんのスネを蹴った。


「イテッ!冗談っすよ~。心配いらないっす。カズさんは酔いが回るとアヤカさんが綺麗だ綺麗だ!ってうるさくてしょうがないっすからねー」

顔が赤くなる自分に気づいた私は、慌ててプイッとそっぽを向くと、しばらくこの男を無視しようと決めたのだ。


     ※     ※


 カオサン最寄りの船着場「Phra Arthit」から10分ほど歩くと、通称「寺裏」と呼ばれるエリアにでる。


静かな裏路地のレストランでは旅行者たちが昼間からビールをあおっていた。


「帰りにちょこっと飲んでいきましょうか?俺のおごりで・・・」


ボートでの一件以来私に気を使ったのか、彼が「仲直りの一杯」を提案してきた。


本気で怒っているわけではなかった私は、もちろん二つ返事でOKだ。


「それはそれは。ゴチになりまーす!」


     ※     ※


 水パイプを取り扱う店は付近に何件もあるのだが、この界隈はミーハーな客が多いため多少のボッタクリを覚悟しなければならない。だが、肝心の「中身」は、ナオキくんのチャトチャックルートで安く引けるので、ここは甘んじて受け入れることにする。


 ボングさえ手に入れば、もうメイン通りに用はない。調子に乗った白人のナンパや客引きががウザいので一刻も早く立ち去りたい気分である。

「バックパッカーの聖地だ!」と、喜んでパッタイを食べ歩いていたのは、もはや過去の話になってしまった。


 寺裏に引き揚げた二人は「Porpiang House」のオープン席に腰掛けた。

ソイ・ランブトリを、大きなバックパックを背負った旅行者がひっきりなしに行き来する。中でも目立つのは、ドレッドヘアーに全身タトゥーのイスラエリーたちだ。彼等の国には徴兵制度があるため、兵役明けに世界中を旅して周るのが慣習になっているそうだ。


ここタイにも徴兵制度が存在するが、ユニークなのは18歳から21歳までの男性が「くじ引き」で選ばれるところだ。

いかにもタイらしい決め方とも思えるが、当たりを引いた者には2年間の兵役義務が課せられるため、貴重な青春時代を左右する大事件である。

また、徴兵制度はレディーボーイといえども免れることはできない。

LGBTに寛容な国柄とはいえ、こと軍事においてはシビアなのだ。


 カオサンに意外なほど邦人の姿が少ないのが、今の日本を象徴するかのように感じられる。


国会前でアジテーションを繰り返すも、「ならば海外で勝負だ!」というほどの気概はなく、その本音はブルジョアに対するやっかみだ。


老婆心ながらそんなスケールの小さい学生たちに、バンコクの宿に残されていた「伝説の落書き」を紹介しよう。


金の北米 女の南米

耐えてアフリカ 歴史のアジア

何もないのがヨーロッパ

豊かな青春 惨めな老後


これぞ真のリベラル。貧乏旅行が全盛期だった当時の日本人の気質を窺い知ることができる詩であろう。

また、それとともに「豊かな青春」の先にこそ「豊かな老後」があるのではないかとも考える。いずれにせよ、日本に飼い慣らされて依存するだけでは青春も老後も共に惨めになるのは間違いない。


     ※     ※


 祖国を憂いつつ何本目かのシンハーが空いたタイミングでナオキくんが語りだした。


「カズさんのこと、俺も好きっすよ。あ、でも誤解しないでくださいね。人間的にって意味っすから・・・。刑務所に入ってたって打ち明けた後も、あの人は微塵も変わらなかったんすよ。俺はそれが嬉しくて・・・。人を好きになるのに理屈なんていらないっす」


「うん。よく分かるよ・・・」


「あ、なに熱くなってんだ俺。酔ってんのか~」

ナオキくんが、はにかみながらタバコをくわえた。


 辺りが暗くなりはじめ、テーブルのキャンドルに火が灯される。


(素敵だな~。こんな時間・・・)


だがここで、心地よいお酒がいっぺんに覚めるトラブルが発生する。


それは、ナオキくんがトイレに立った隙に、通りかかった白人グループがを出してきたのが始まりだった。


「I would have threesomes.」(3Pしよう)


「I will make you squirt.」(潮を吹かせてやるぜ!)


「Suck my dick, Please」(ペ●スをしゃぶってくれ)


「・・・・・」


「ここでナメられてはならない!」と完全無視を決め込んではみたが、悪乗りする酔っ払いどもは執拗だった。


(クソ野郎・・・・)


と、その時。


「テメーら、ぶっ殺すぞ!!」


後ろから響いた怒声の主はナオキくんだ。


顔を寄せて今にも殴りかかりそうな勢いに男たちは気圧されている。

やがて、口々に「Fuck!! 」と捨て台詞を吐きながら白人グループは去っていった。


「あ~気分わり~。アヤカさん大丈夫っすか?」


「私は平気。ナオキくんがもう少し遅かったらシンイチがブチ切れてたから・・・」


これだからカオサンは嫌なのだ。


ナンパに縁のなかった「自分探し女」たちは、このようなシチュエーションで簡単にされてしまうのだ。そして、あろうことか帰国後には「白人の彼氏が出来た」などと、あちこちで自慢するのである。

もちろん彼氏とは名ばかり。ベッドで囁かれたリップサービスを真に受けただけに過ぎない。

「暗い美人より明るいブス」との解釈もできるが、どれだけおめでたい思考パターンで生きているのか?

これが「日本人の女はすぐにヤラせてくれる」と、不名誉な通説が広まる原因なのだ。


怒りに任せてついディスってしまったが、オカマの戯言なので悪しからず。

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