第23話 虹を越えて

「腹減ったっすねー。完全にっすよ。今ならチョコパイ一袋食えそうっす・・・」


     ※     ※


「MANCHIE、マンチーズ(マンチー、マンチになる)」とは、大麻吸引後に味覚が鋭くなり激しい空腹感に襲われた状態を指す。

医療大麻の分野では抗癌剤治療などで食欲が減退した患者が、再び食べる喜びを取り戻せるのではないかと期待される効能だ。


     ※     ※


「俺、バイク借りて島の反対側にあるセブンまで買い物行ってくるわ」


そう名乗り出たのは皆の空腹を見かねたカズさんだ。


「いいんすか?俺いきましょうか?」


「いやいや。ナオキは事故るでしょ」


「アッハハハハ。それもそうっすね。俺、原付きで5回も転んでますから」


ナオキくんが舌を出しながら頭を掻いた。


「そんじゃ、アヤカ姐さんもお気をつけていってらっしゃいませ。アニキにギューっと掴まってなきゃダメっすよ」


「・・・・。えっ!?」


     ※     ※


 カズさんが運転するバイクに横座りした私は、少し頼りない背中に身体を預けた。


(こんなのも悪くないかな・・・)


「そんなタイ人みたいな座り方で大丈夫ですか?落ちないでくださいねー」


(ダメ・・・)


「ダメだよ・・・。好きになっちゃってもいいの?」


「えぇ~!!?アヤカさん何か言いました~?」


「なんでもな~い!風が気持ちいいね~」


 エンジンを唸らせるバイクが急坂をのぼりきると、カーブを抜けた先で視界が開けた。


バイクを止めたカズさんは、眼下に横たわるパタヤの街と雨上がりの虹に見入っている。


「アヤカさん・・・。いつか、あの向こう側まで行けたらいいよね」


「プッ!なになに?どうした?カズさんキマすぎじゃない?」


「ずっと俺に掴まっててよ」


「・・・・・」


     ※     ※


 なにやらキュンとくる恋愛小説の一コマが展開されているが、不本意ながら、私はこのエピーソードに「オチ」をつけなければならない。


素敵なムードの真っ只中、急にカズさんがし始めたのである。


「ア、アヤカさん。テ、ティッシュ持ってます??」


そして、もう待ち切れないとばかりにティッシュを奪い取った彼は、茂みの奥へと消えていった・・・。


「・・・・・・」


お腹の弱いカズさんは、先ほどのヤムウンセンにあたったようだ。


生理現象は仕方がないと分かっている。

だが、このタイミングはいかがなものか・・・。


  セームビーチまで戻った後。二人の微妙な空気感を察したナオキくんが、「なにか問題でも?」と、納得いかなそうに首をかしげた。

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