第20話 Coming Out

 自室に戻ってベッドに倒れ込んだ私は、カズさんが見せた困惑の表情を思い浮かべていた。


(ちょっと大胆だったかな・・・)


ふいに照れ臭くなった私は、火照る額をブランケットに擦りつけた。


ところがである。そんなわずかばかりの羞恥心とは矛盾する別人格が首をもたげる。


夜の世界で培ったS


「もっと苛めて欲しい?」


     ※     ※


 私は、大学1年の半ばに自身がMtFであることをカミングアウトした。

決め手となったのは、LGBT交流会で知り合ったニューハーフタレントのマキコ(仮名)さんの存在だ。


ある日、私はそんな彼女に連れられて都内のフォトスタジオに足を運んだ。

プロのカメラマンとメイクさんが付く、本格的なグラビア写真を撮ってもらえる機会に恵まれたのだ。


仕上がったアルバムの中で微笑むのは、とても自分とは思えない美少女である。


「アヤカちゃん、めっちゃイケてるのにじゃないなんて。宝の持ち腐れよ」


マキコさんの短い一言は、過去に受けたどんなカウンセリングよりも胸に響いた。


私はこの時、二学期からは女装で通学しようと腹をくくったのである。


     ※     ※


 夏休み明けの朝。教室で待っていたのは残酷なまでにネガティブな視線だった。

 

カミングアウトに踏み切ったこと自体に後悔はない。だが、偏狭な体質の同世代にはガッカリだ。


これを境に私のキャンパスライフは大きくシフトする。


 居心地の悪い憂鬱な日々が流れるなかでLGBTサークルが新設されると聞きつけた私は、藁をも掴む思いで初期メンバーの一人に加えてもらった。


ところが、このセクマイ(セクシャルマイノリティ)サークルは全くの期待外れだった。

「LGBTと理解者の親睦が目的」などと宣伝するものの、実態は「ヤリサー」と変わらない有様だ。

所属するのは、BL(ボーイズラブ)好きの腐女子や大学デビューの君など性的少数者の問題を語り合う雰囲気とはかけ離れている。唯一の収穫はここで覚えたマリファナくらいのものであろう。


 誤解を招かぬよう付け加えておくが、出合い系に毛が生えた程度の集まりでしかなかったのは一昔前の話だ。現在では、国立大学を始め各教育機関や地域にLGBT関連の団体が多数発足しており、当時よりはな活動を行っているようだ。

また、近頃は男の娘(オトコノコ)や女装子(じょそうし)といった新ジャンルの流行により、コスプレ感覚の女装カルチャーがブレイクしつつある。興味をお持ちの方は、都内で開催されるクラブイベント(「ディフュージョン」「プロパガンダ」「すごい晩餐会」が有名)に参加してみてはいかがだろうか。ジェンダーフリーパーティは他では味わえない浮世離れの快感が得られるそうだ。


さて、話が脱線したので閑話休題。


 結局私は卒業を待たずに大学を中退するのだが、その発端は仕事の都合で日本にいなかった父と玄関でばったり鉢合わせてしまったことだ。


あの日、予定を早めて帰国した父は、目の当たりにする息子の女装姿に平常心を保てなかったのである。


「シンイチ!父さんは、お前みたいたぐいの人間が一番キライだ!出てけ!」

そう言うやいなや鋭い平手打ちが飛んできた。


慌てて駆けつけた母親が「ごめんなさい。私がしっかりしていれば、シンイチはこんな風にならなかったの!」と、昭和のホームドラマのような的外れなセリフを吐いて泣き崩れた。


 こんな経緯で実家を追い出された私が、夜の街で働き始めるまでそれほど時間はかからなかったのである。

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