第19話 友情とは別の何か
キマりすぎてグッタリとベッドに寄り掛かる私は、カズさんの質問攻めにあっていた。
「アヤカさんって、いつの時点で自分の心が女だって自覚したんですか?」
「それ、よく聞かれるんだけどはっきりわからないの。ただね、あそこについてるモノがずっと嫌だったのと、思春期を迎えても女子には全く関心がなかったのは確かね」
「なるほど。それじゃ、やっぱり小中学生の頃から違和感はあったんだ?」
「まぁね。お父さんが厳格な人だったから・・・。本当の自分は隠してたなぁ」
そんな会話をするうちに、私の意識はヨシキくんとの夏に引き戻された。
※ ※
部室での一件以来、二人の関係はギクシャクしたままだ。
「なんであんなこと・・・」
後悔の念が13歳のシンイチに襲いかかる。
止まらないエモーション。
イマジンを弾く大きな手。
涙のしずく拭う細い指。
ずっと触れていたかった。
悲しみの半分をわけてほしかった。
(キミが好き・・・。キミが好きだよ・・・)
そっと掌を重ねるだけにしておけば、その後の中学生活は違うものになったはずだ。
私のネットリと淫らな指使いに、彼は「友情とは別の何か」を嗅ぎ取ったのだ。
それっきり。中学を卒業すると二人の接点はなくなった。
このエピソードを笑って話せるまでには、もう少し時が必要だろう。
※ ※
追憶を破ったのはナオキくんだ。
「女に関心が無いってのは変な話っすね~。俺なんて中坊時代はオナニー三昧っすよ~」
「・・・・・・・」
「最高記録は一日8回っす。若かったなぁ~。友達と飛距離競争をやったりデカさ比べたり、それから・・・」
彼の話は止みそうにない。
見かねたカズさんが話を続けようとするナオキくんをやんわりと叱った。
「シモネタは男同士で!」
「え~、いいじゃないっすか~。カッコつけないでくださいよ~。今だって男同士じゃないっすかぁ~」
「・・・・・・・」
「すみませんアヤカさん。気を悪くしないでください。デリカシーのない男はほっといて続きをどうぞ!」
「え、あ、うん・・・」
実を言うと、私は気を悪くするどころかナオキくんに感謝すらしていた。部室での情景がトリップ中に頭をよぎると、決まってバッドに入るからだ。
「そうね~高校に入ってからかな~。女性として生きたいって切実に願い始めたのは。本格的なメイクに挑戦したのもこの頃だった」
「どこか遠い国のおとぎ話かと思ってましたが・・・。本当にあるんですね。生まれ持つ性別と心の性別が逆だなんて・・・。で、それからの生活はどうだったんですか?」
「昔は今ほどトランスジェンダーに理解がない時代だったから。やっぱりおかしな目で見られるのが怖くて・・・。高校ではカミングアウトできなかった。それに、周りがすごく幼く見えて、とても本音なんて言える環境じゃなかったし・・・」
「辛かったですね~・・・。相談できる相手とかは?」
「友達にも家族にも打ち明けられない私はネットの世界に逃げちゃった。コミュニティサイトの中には同じ悩みを抱える人が沢山いて、独りじゃないんだってすごく勇気付けられたの」
「ネットで繋がった人とオフ会なんてあったんですか?」
「うん。一人だけ気が合う友達ができてね。あれは高校3年の夏だったかなあ」
と、そこまで話し終えた時、ナオキくんがヤケに大人しいのが気になった。
チラッと横目で見てみると、あぐらをかいたままコクリコクリと船を漕いでいる。
「ったくもう、ついさっきまでシモネタマシーンだったのに・・・」
そう言いながら、カズさんは彼が手に持ったままの缶ビールを取り上げた。
「ハッパも沢山いってたからね・・・。それに、ナオキくんはカズさんといる時が一番楽しそう。ここだけの話、彼って会社では怖がられてる存在なんだよ」
「そうなんだ?まぁ、若干短気なところがあるもんなぁ。この前もアソークのバーでデカい白人2人組と本気で揉めそうになってたし。躊躇なく向かってくからマジ焦ったわ」
「あははは。気持ちよさそうに寝てるからそっとしておいてあげようね。そのかわりカズさんには最後まで付き合ってもらうよ。このままじゃ不完全燃焼おこしちゃう」
思い出話に火がついた私は、2つのコップにウィスキー注いだ。
「俺で良かったら喜んで付き合いますよ~」
「じゃ、さっそく。あ、あれ、でもどこまで話した?」
「えとー、高校3年の夏のくだりからです」
「そうそう。でね、例の気が合う子は武蔵小杉に住んでたから、お互いの家から近い自由が丘で会おうって決まったの。当日、早く着いちゃった私は、どんな子がくるかな~なんて想像しながら待ってたっけ・・・」
「え、じゃあ、それまで顔も知らなかったの?」
「うん。分かってたのは19歳の大学生で性同一性障害の診断を受けてるってだけ」
「ふーん。何れにせよやっと本音で話せる相手が見つかったんだ」
「そうなの。ただね・・・。待ち合わせに現れたのは50過ぎのおじさんだった。聞かされてたプロフィールは全部嘘だったの」
「は!?なにそれ」
「SNSって顔の見えない世界じゃない。だから、自分もLGBT当事者だと偽って出会い系のノリで利用する人も多いの。まさか毎日のように連絡とってる子がホントはおじさんだなんて思ってもみなかった・・・」
「きついな~。なんだよそのオヤジ。目的はなによ?」
「それがね、もちろん私はすぐに帰るって断ったけど、ちょっとだけでも話そうってしつこくて」
「気持ち悪っ!」
「結局、少しだけならって一緒に近くのカフェに入ってね。最初は怖かったけどチヤホヤされてるうちに、だんだん悪い気がしなくなってきて・・・。その人、私みたいな子の扱いに慣れてるって感じだった」
「まじか~。普通に口説かれちゃってるじゃないですか~」
「まあ、そうね。口説かれちゃったのかも。たとえおじさんでも自分の女装を褒めてもらえて嬉しかった」
「で、その後は?まっすぐ帰ったんですよねー?」
カズさんが、あからさまに不機嫌な顔をみせた。
「あれ?なんか怒ってる?」
私は、なだめるような仕草でハーフパンツから突き出た彼の膝に手を置いた。
「!!?」
カズさんの身体がビクンと脈を打つ。
そして、硬い表情は快感と罪悪感が入り混る恍惚へと変わっていった。
彼にとって、おそらくこれが人生初のレディーボーイとの接触だったのだろう。頭はパニックのはずだ。
「ここまで喋っちゃったんだからラストまできいてね・・・」
興奮冷めやらぬカズさんが息を呑む。
「私はそのおじさんと結ばれたの・・・」
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