第18話「こちら側」の人間
翌日の夜。部屋でジャズを聞きながらウトウトしていた私は、ドアを乱暴にノックする音で叩き起こされた。
「誰だろう・・・」
はだけたガウンの裾を直しながら、なにごとかとドアを開けてみると、そこには裸にパーカーを羽織ったナオキくんが立っていたのだ。
彼は、すぐに酔っ払いだと分かる強いアルコール臭を放っている。
「どうしたの??」
「アヤカさん!カズさんからのご指名です!今から俺の部屋で飲みましょう!」
訝しがる私を他所にナオキくんは唐突に言った。
そして、私の返事を待つ間もなく、いきなり腹を抱えて笑い出したのである。
「もう!近所迷惑でしょ!」
この時になって、私は左手にワイングラスを持ったままの自分に気が付いた。
どうやら彼は、その姿がツボにハマったようだ。
普段なら、このように失礼な手合は一喝をくれて追い返すところだが、彼が発したキュンとくるフレーズがブレーキを掛けた。
(カズさんからのご指名・・・)
「OK!コンビニ寄ってから行くね!」
※ ※
「おじゃましていい?」
恐る恐る足を踏み入れた部屋には、トロピカルで甘ったるいお香が充満している。
「どうぞ。ここ座ってください!」
気を利かせたナオキくんがすかさずクッションを勧めてくれたが、カズさんとの距離が不自然に近い。
私は照れくさい心持ちを悟られないよう、そっと遠慮がちに腰をおろした。
「それじゃ、改めて乾杯!」
音頭を取ったカズさんの目が、いつも以上にトロンと垂れ下がっている。
「ふたりともー、けっこう飲んじゃってるでしょー?」
私は、酔っぱらいコンビの顔を交互に覗き込んだ。
と、その時・・・。
(あれっ!?)
空き缶で散らかるテーブルの隅に、シルバーの飾り細工が施された《《ボング》を発見したのだ。
(なるほど・・・)
嬉しいことに、二人も「こちら側」の人間だったのである。
動かぬ証拠を手に取った私は「いいのもってるね~!」と微笑みかけた。
一瞬固まった空気が、たちどころに和む感覚が伝わってくる。
おそらく彼らは「不都合なものを見られてしまった!」と内心焦ったのだろう。
「な~んだ。ビビって損しました~」
安堵の表情に変わったナオキくんが、さっそく新しいネタを詰めたパイプを渡してよこした。
「じゃあ、折角だからいただいちゃおうかな~」
そう言って一服つけさせてもらった私の前に、ナオキくんが巨大なマリファナの塊を転がした。
「えっ?すごくない!?なにその量?どこで仕入れてるの?」
「やっぱ、アヤカ姐さんもカオサンで買ってるんすか?」
「うん。そうそう、あの有名な●●●バーで」
「そっか~。やっぱみんな普通はカオサンなんすよねー。OKっす。じゃあ今度、俺が知ってるとこに連れてきますよ」
こうしてこの夜、思わぬところでマリファナを格安で入手できるルートが繋がったのだ。ローカル価格でネタが引けるのは精神的にも金銭的にも大きなアドバンテージである。
とは言え、タイでもマリファナの所持は日本同様に違法であることだけはお伝えしておこう。「マトモ」に捕まれば劣悪な刑務所での服役さえ覚悟しなければならない。
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