第17話 SRS

 カーテンをくぐると、大音量でEDMがながれる店内でトップレスの女の子たちが身体をくねらせていた。


「うわ~。すっご~い!」


マツジュンが初めてのゴーゴーバーに圧倒されている。

彼女のリアクションを見たトムさんは、とご満悦だ。


「ねぇねぇ、トムさん。ここってお酒飲みながら、踊ってる女の子を眺めてるだけなの?」


「うんとね~。ほら、女の子たちのショーツにバッジがついてるでしょ?あの番号を店員に伝えれば、気に入った子を席に呼んで店外デートの交渉ができるんよ」


「へぇ~そうなんだ~。あ、でもさー、さっきドリンクを運んできたにもバッジついてなかった?」


「ああ、それはね、実はそのおばちゃんも指名できるんよー。つまり、バッジがついたスタッフはOKってこと!」


「ギャハハ。おもしろーい!」


エンジンがかかったトムさんはますます饒舌になり、興味津々の彼女にゴーゴーバーの遊び方をレクチャーしている。


「アヤカさんってこういうの見てどうなんですか?」

隣に座るカズさんが話しかけてきた。


「どうって?欲情するかって?」


「そうですね。セクシーな女の子を前にどんな気分なのかなって・・」


「たしかに綺麗だなぁ~って思う子はいるけど、恋愛や性欲の対象じゃないわね。それに私、工事が済んじゃってるから、も反応しないのよ」


「へぇー。アヤカさん、オチンチン取っちゃったんだ?」


「そう。私は数年前にプーケットで性転換のオペを受けたの。ほら、こういう分野って需要が多い分、タイの技術は進んでるの。日本の芸能人だってほとんどが海外で手術するっていうし」


「痛くなかったのぉー?」


「・・・・・・」


私は、急に口を挟んできたトムさんを「まあ、その話はまた今度ね」と軽くあしらった。


     ※     ※


 性転換の話題がでたついでに、少しだけ性別適合手術(Sex Reassignment Surgery)の理解を深めていただこう。ここから先は小難しい話が続くので、興味のない方は読み飛ばしてもらって結構だ。


 性別適合手術(MtF SRS)は、「陰茎会陰部皮膚翻転法」(いんけい えいんぶ ひふ はんてん ほう) と「大腸法」の2つに大別されるが、私が受けたオペは世界的に主流な前者の手法だ。


『陰茎会陰部皮膚翻転法』

尿道と直腸の間を切ってスペースを作り、そこに海綿体、陰茎、精巣を除去した陰嚢の皮膚を血流を残したまま移植して膣を形成する手法を「造膣」と呼ぶ。

術後は、3か月以上の長期に渡って膣の収縮を抑えるための拡張ケア(ダイレーション)が必要だ。

※引用「性別適合手術」『ウィキペディア日本語版』(2016年9月1日取得)


 以上、長々と引用させてもらったが簡単に言えば、私が受けた手術は単にペニスを除去するだけでなく女性の膣の部分にあたる穴を造型し、性感帯まで移植したのである。

このように、を感じさせる性別適合手術の内容を、飲み会の場で披露するのは気が引けたのだ。


     ※     ※


「あ、そうそう。トムさんなら知ってるわよね?ゴーゴーバーにはのお店があるって」


「ゴーゴーボーイのこと?」

トムさんも、その存在自体に覚えはあるようだが、「僕はストレートだからノーサンキュー」と慌ててバッテンを作った。


「えーっ!じゃもしや、気に入った男の子がいたら連れ出しちゃうわけー?」

好奇心旺盛なマツジュンが私とトムさんの会話に食いついてきた。


「もちろん交渉次第でOK。でも私はまだお持ち帰りまでは経験ないんだけどね。あっ!ひょっとするとマツジュン興味あるんじゃない?今度一緒に行ってみる?」


「いや~ないですないです。絶対無理です。だって怖いじゃないですか~。ちょっとハードル高すぎ!って感じ」


「そんなに気負わなくて大丈夫よ。まぁ、無理強いはしないけど・・・」

そう言って、私は狼狽するマツジュンの反応を楽しんだ。


(でも、こんな子に限って、あっさりハマっちゃうんだよなぁ)


     ※     ※


 私は、シャワーを浴びてベッドに横になったが、興奮でなかなか寝付けずにいた。


なにげない同僚との飲み会が、MtFにとってはスペシャルな一日だったからだ。


「普通の日常が欲しい」

そんな、細やかな願いが叶ったのである。


言いようのない充実感。


そして、ジョイントから立ち上る煙を見つめていると、ふと彼の面影が浮かんだのだ。


(今日はカズさんと何度も目が合ったなぁ・・・)


「私に気があるのかも?」などと自惚れるつもりはないが、少なくとも興味は持ってくれている。


レディーボーイの私と「一人の人間として」の私に。


 この日、周りを囲むジェンダーの壁が、ゆっくりと融けていくような気がしたのは、バンコクの熱帯夜のせいだけではなかったはずだ。

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