第14話 A面/B面

 ナオキくんが追加のウィスキーとソーダを注文すると、飲めない酒に酔ったトムさんの愚痴が始まった。


「僕ってこういう仕事むいてないよなぁ。人としゃべるのが苦手なのに、もっと積極的にセールスしろなんて言われても無理だよぉ。また電話口で怒鳴られるかと思うと会社に行きたくなくなっちゃうよ・・・」


トムさんは、人と接する機会が少なかった前職とのギャップと己の要領の悪さに、すっかり自信を失っている。


 苦手意識が強い人ほどクレームを引くのがコールセンターの法則だ。タチの悪い客は100%勝てる相手のみを狙う。自信がないオペレーターの気配を察知するとのごとく絡んでくるのである。

つまり、クレーマーとは初心者マークの車を煽ったり、コンビニやファミレスでやたらと横柄な態度をとるヤカラと同系統の人種なのだ。


ではなぜ?トムさんは苦手とわかっているコールセンターに応募したのか?

その理由は、バンコクで敷居の低い(無きに等しい)お気軽な求人といったらコールセンターだからである。

よって、選択の余地がなかったから、「不得手を承知で応募した」というのが現実なのだ。


怠惰に生きてきた人間は、こんな時になってはじめて思い知るのであろう。

「もっと勉強しておけば良かった」と。


意気消沈するトムさんにカズさんが親身になってアドバイスを授けたが、いつまでも煮え切らない様子で弱音を吐く中年男を見ていると無性に腹が立った。


そして、ついにがやって来たのである。


「とち狂った客なんて適当にあしらっときゃいいんだよ!男のくせにいつまでもグダグダ言ってんじゃねーぞ!!」


「・・・・・・・・・」


周囲の空気がピーンと張り詰める。


(ヤバっ!!)


「あ~ごめんごめん。またやっちゃったー。私ね、酔うとBのシンイチが降りてきちゃうの。はずかしー」


すぐ我に返るも時すでに遅し・・・。


「姐さんの本性はヤンキーだったんすか?」


「ホント、びっくりしたわー」


ナオキくんとマツジュンの2人が大げさにからかってきた。


「ナオキくん、ってのは勘弁してよ。極妻じゃないんだからさー。トムさんもびっくりしちゃったでしょー。悪気はなかったの。ホントにごめんね」


 実は、彼の放った「姐さん」というセリフは、あながち間違いでもなかったが、今話すには時期尚早なため、いずれ「ダメな男から逃げてきたエピソード」と共にご紹介できればと思っている。

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