第13話 ロマンあふれる現地採用

 メンバーが集まった私たちはトゥクトゥク(三輪タクシー)を2台捕まえると、渋滞のチャルンクルン通りを走りだした。


 車間をスリ抜けられるトゥクトゥクは近距離移動にはもってこいの乗り物である。やたらと運転が荒く排気ガスまみれになってしまう点はご愛嬌だ。

キャーキャーと叫び声を上げてフレームにしがみつくマツジュンは、遊園地のアトラクションでも楽しんでいるかのようである。


 スリリングなトゥクトゥクに揺られ、サパーンタクシン駅(バンコク高架鉄道)の陸橋をくぐった先に目的のムーガタ屋がある。

「ムーガタ」とは、ムー(豚)のガタ(鍋)という意味のだ。

半野外の店内にはステージが設えてあり、バンドの生演奏を聞くこともできる。

クーラーがないのが欠点だが、食べ放題で200バーツと驚くほど安いため、地元のタイ人に混ざって熱帯のバンコクを満喫するには最高のスポットだ。


 笑顔で近付いてきたビアガールにドリンクのオーダーを終えると、すかさずナオキくんが席を立った。


「自分、肉とってきます!皆さん、嫌いなもんとかないっすか?」


見た目のイメージとは反対に、彼は本当に気が利くのである。

上下関係に敏感で空気を読んだ動きができるのは、荒れた少年時代を送ってきた男の典型的な特徴だ。


 ナオキくんの軽快なフットワークで食材が揃うと、高さが1メートルはありそうなピッチャーと山盛りの氷が運ばれてきた。タイではビールに氷を入れて飲むスタイルが定番なのだ。

日本人の感覚では「ビールに氷?」と最初こそ抵抗があったものの、すっかりローカル化した私たちには無くてはならない存在である。


「酒なんて飲むの何年ぶりかなぁ~」

アルコールが苦手なトムさんは、「最初の一杯だけ」とビールに口をつけたはいいが、すぐにダラリと目尻が下がった。


「バンコクに来たばっかりの時はさー、うちらフードコートくらいでしか食事できなかったよねー。今ではトゥクトゥクに乗ってムーガタなんて食べに来ちゃうんだもん。成長したわ~」

マツジュンは、うんうんと頷きながらご機嫌でジョッキを煽っている。


トムさん以外は皆イケる口なので、巨大なピッチャーはたちまち底をついた。


浮かれた私が、「ウィスキーが呑みたいなぁ」と漏らすと、それを聞いたナオキくんが間髪容れずにタイ産のウィスキーを注文してくれた。


「そういえばミヤコさんって、どの辺でアパート借りたんだろ?」

お酒を待つ間、カズさんが雑談の延長で何気ない話題を皆に振った。


「ああ、ミヤコさんねー。この前、昼休みにたまたま一緒だったんだけど、トンローの安アパートを契約したって」

グラスに氷を入れながら答えたのはマツジュンだ。


「ずいぶん会社から離れた場所に決めたねえ・・・」


トンローエリアは、会社最寄りのサパーンタクシン駅からBTSを乗り継ぎ、3.40分はかかる距離である。


「でもねー、駅チカの物件を3.500バーツで借りたはいいけど、近所がBARだから夜中までうるさいし、向かいのタイ人家族は廊下にゴミを放置するわで最悪だって」


「うわー。俺は無理っす。絶対にゴキでますよ」

キレイ好きのナオキくんが顔をしかめた。


「俺も人のこと言えないけどさ。あのおばさんは、そんなに節約しないとだめなくらいギリギリの予算でこっちきたの?」


「なんかね、別れた旦那がパチンコ狂いでかなりの借金があったみたい。後先考えずに日本を飛び出してきちゃったもんだから、しばらくは節約生活だって」


「ミヤコさんは男を見る目がないのねー」

そんなセリフを呟いてみたが、ダメな男から逃げてきたのは私も同じだ。


「あ、あと、そん時ね。プッフフ・・。ミヤコさんと昼終わりにロビーのトイレに寄ったのね。プッ。アハハハ。だけどね、ハハハハ。ちょ、ちょっと待って。ギャハハハハ。ダメだ。ツボにはまっちゃう。これ、公表しちゃっていいのかな~。ウフフフ」


「なーに、一人でゲラゲラ笑ってるんすか~?気持ち悪いっすよ~。もったいぶらないで早く話してくださいよー」

ナオキくんは続きが気になって仕方ないようだ。


「あー、気持ち悪いとかー、女子に向かって失礼なんですけどー」

そう言って頬を膨らませたマツジュンも、先を語らずにはいられない勢いである。


「まあ、大したネタじゃないんだけどね。プフッ・・。ミヤコさん・・、お昼食べたらね。ボロって前歯が取れちゃったの。プッ。ハッハハハ。ダメだ。ハハハハ。しかもね、それをね、一生懸命、でくっつけてるんだもん。アハハハ。それって大丈夫なのって。ギャハハハハ」

笑いの止まないマツジュンがようやく顛末を話し終えた。


「それじゃムーガタは無理だよ~。お肉食べたらまた取れちゃうよー」

ぼそっと詰まらない反応を見せたのは赤ら顔のトムさんだ。


「ゴホッ!ゴホ、ゴホン」


その声のトーンと微妙な間に、を食った私は咳込んでしまった。


 しかし、のバンコクで、たまの外食もケチるようでは先が思いやられる。


 本著を見て現地採用に興味が湧いた方は、最低でも20万円、航空チケットとは別に自由に使えるお金を蓄えてから渡航するようお勧めする。

逆に考えてみれば、この安価な投資で気軽に海外生活がスタートできるのがバンコクコールセンターの魅力である。また、「コールセンター業界で成り上がろう!」と目論む人にはキャリアアップの道が用意されている。本社採用になってアジア各地を飛び回る生活を目指すのもいいだろう。

ろくでもない企業でこき使われるくらいなら、ロマンあふれる現地採用を一度経験してみてはいかがだろうか?


ここまでプッシュすると、「人事採用部の回し者ではないか?」と疑われそうだが、もちろん会社からは一銭も受け取っていない。

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