第12話 クレームを引く男
入社から2ヵ月ほど経った頃。ミヤコさんを除いた同期メンバーで飲み会をやった日の話をしよう。
当日はシフトが終わり次第、1階の喫煙所で合流するはずのトムさんが、なぜか定時を過ぎても一向に降りてくる気配がなかったのだ。近くの端末席にいたマツジュンの情報によると、どうやら今日もクレームにハマっているという。
「トムさん、またクレームっすかー!」
大好物のレッドブルを片手に呆れたのはナオキくんである。
「ホントホントー。なんかいっつもクレーム引いてるよねー。あれはまだまだ時間かかるとみたー」
マルボロメンソールに火をつけたマツジュンが眉間にしわを寄せた。
(なんかいいなー。いかにも普通の社会人ライフって感じで・・)
文句を言う2人をよそに、私は密かにそんな実感を噛み締めていた。
※ ※
かれこれ30分以上は待っただろうか。
やっとのことで、汗だくのトムさんが駆けつけた。
「ごめんごめーん。また、お客さんに怒られちゃってー。手に負えないからリーダーに代わってもらったよ~」
聞くところによると、トムさんはハードクレームでありがちな「お前じゃ話にならん!上の者をだせ!」という状態に陥り、幸か不幸か逃げ出せたようだ。
こういったケースを、業界では「上席対応」と呼び、コールセンターではよくある光景だ。
しかし、その舞台裏では本物の上司に代わっているわけではなく、手が空いたオペレーターに「ちょっとお願い!」と代打を頼む場合がほとんどである。
幾度となく私にも「代打」が回ってきた経験があるが、なにぶんイラつきを抑えられない性分なので、かえって状況を悪化させてしまうのだ。
同期メンバーの中で上席対応が上手いのがカズさんで、電話を代わると、ものの5分もせずに客をなだめてしまい、こちらに向かってOKサインを送ってくれるのである。
(意外と頼りになる人なんだ・・・)
私の彼に対する評価は変わり始めていた。
トムさんも、客に謝り私たちに謝りでは踏んだり蹴ったりだろう。
コールセンター業界を生き抜くには、一歩オフィスを離れたら、すぐに切り替えられる図太さが必要なのである。
これが、「真面目で几帳面な人ほど早く辞めていく」原因かもしれない。
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