第11話 入墨天国
研修を終えた一同は、いよいよシフトインするのだが、先ほども述べた通りコールセンターのオペレーターは時給が高い。
だが、時給が高いにはそれなりの理由があり、「ストレス」=「報酬」という認識で間違いないだろう。
興味を持たれた方向けに、実際にバンコクコールセンターで扱う仕事を暴露したいところだが、これは秘密保持規約により禁じられている。しかし、それではあまりにも堅苦しすぎるので、関係者に迷惑をかけない範囲での解説を試みたい。
まず手始めに「CMを見てお電話いただいた方全員に、無料サンプルをお届けします!」といった類の受付窓口とだけ打ち明けておこう。
我々の一日は、自分の端末席に着いて「どのタイミングでテレビCMが流れるのか?」を確認するところからスタートする。そして、予定時刻になると嵐のごとく電話が鳴るので、各オペレーターは矢継ぎ早に注文を受け付けるのだ。
ところが、言わずもがなクライアント企業はボランティア団体ではない。
どれだけ優れた商品であるかを長々と説明し、最終的には、「定期購入がお得です!チャンスは今だけ!」と、契約の話に持っていく。
ここで、マシンガントークをかませるかどうかが、コールセンター業務の向き不向きを決める分かれ目だろう。
苦手な人にとっては相当なストレスとなり、適性のない人が脱落する第一関門だ。
成績の良いオペレーターは持ち前のトークを駆使し、ねちっこく、無遠慮に商品をお勧めするので、サンプルだけが目当ての客は怒り出す。結果、カンカンになった相手が「もういらん!」と電話を叩き切るまでが想定の範囲内だ。
私たちオペレーターはクライアント企業からも「怒らせてOK」との承諾を得ており、押しても買わない客は今後も本注文にはつながらないため不要なのだ。また、電話を叩き切るくらいはまだマシで「今から会社に乗りこむから住所を教えろ!」などと絡んでくるヤカラもいる。
しかし、ここはバンコク。
「これるもんなら、どうぞどうぞ!」と軽くあしらおう。
わざと客を不快にさせることもないが、怒りを買うほど突っ込んだセールスができるスタッフはオペレーターとして非常に優秀で、通販の部署では高い評価がつく。つまり、安易にサンプルをばら撒くだけの「事なかれ主義者」は、クライアントの意向が汲めないボンクラといえよう。
求められるのは「感じがいい人」ではない。「しつこいから買っちゃった」のクロージングができる人間なのだ。
このような攻防を繰り返しつつ、オペレーターは次々と入電を捌いていくのだが、CM直後の波さえ引けば、お隣さんと無駄話が出来るほどの余裕も生まれる。
そのため、数あるコールセンター業務全体の中で比較すれば、同期メンバーが配属された窓口は大当たりだ。
以上、うち部署では日本とバンコク4000キロの距離を隔て、およそ30席の端末で電話を取っている。
また、オペレーターの他にもリーダーやSV(スーパーバイザー)が控えており、実績のチェックや難解な電話のサポート等を行っている。
「迷惑をかけない範囲での解説」と言いながら、ついつい口が滑ったようだ。
ここまでご紹介の通り、割とマトモに運営されるバンコクコールセンターだが、最後にひとつ「一般企業とは大きく異なる特徴」を伝えなければならない。
それは、同僚オペレーターやリーダー、各部署のSVに至るまで、とにかく「入墨率」が高いのだ。
「日本で一番本職が多い街」で働いてきた私は、それを見ても可愛いものだと受け流せるが、この手の人たちと接点がなかった新入社員は確実に引くだろう。
だが、心配はご無用。見た目はズバリDQNの彼らも、こちらから気軽に声をかければ、皆気の良いただの一般人ばかりだ。
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