第8話 担当者はゲイ
広々とするエントランスでは眠たげな警備員がIDチェックを実施していた。小奇麗なスーツを着こなすエリートサラリーマンたちが出社のピークタイムを迎えている。
私は、アウェイなムードに戸惑いながらも、混み合うエレベーターで20階まで上がった。
研修室には、同期入社組と思しき顔ぶれが緊張の面持ちで待っていた。
男2名、女2名、そして、時間ギリギリに入ってきた「彼」の登場により全ての同期メンバー揃ったようだ。この「彼」とは、バンコクで深い関係に発展するのだが、それはまた後の話である。
気まずい沈黙を破ったのは颯爽と現れた日本人男性だった。
「私は皆さんの新人研修を担当する●●大介と申します」
ソフトモヒカンで筋肉質な男性社員は30代半ばくらいであろうか?どこにでもいそうな好青年に見えるが、私はこの男が「ゲイ」であることをすぐに見抜いた。
「何故?」と聞かれると答えようもないが、一種の「同族意識的直感」が働いてしまうのだ。
やはりこの会社は何かが違う。いきなりの「マイノリティ」登場に期待は高まった。
そんな大介氏に、今日から1週間は研修とワークパーミット(労働許可証)取得の期間だと説明を受けた。ワークパーミットは現地の労働省で取得する決まりになっており、タイではビジネスビザとセットで揃えて初めて外国人の就労が認められるのだ。
バンコクではワーパミを取らずに働く外国人が日本人を含めて後を絶たず、社会問題となっている。不法就労を前提に日本人を雇う悪質な企業も多く存在する中で、バンコクコールセンターは思いの外、真面目な会社のようだ。
「アイスブレイク」という恥ずかしい余興が終わると、昼休みは同じビル内にあるフードコートで食事をすることになった。
このあたりで、やっとお互いの警戒が解けてきたメンバーは少しずつ口を開き始めた。
日本の会社なら、当然まったく違った趣味嗜好の人物が集まるため、コミニュケーションをとろうにもなかなか会話の糸口が難しい。
だが、我々現地採用者には恰好のテーマが存在する。
そう。皆が日本を脱出して海外生活を始めたばかりなのだ。
「タイは何回目ですか?」「アパートは決まりましたか?」「うまい飯屋知ってますよ!」などなど、自然な流れで雑談は広がり、打ち解けるまでそれほど時間は掛からなかった。
さらには、会社から紹介されたアパートに同社の社員が10人以上まとまって住む例も珍しくないため嫌でも友人ができる。
※実は、この日の同期メンバーも、あとで紹介するミヤコさん以外は全員が同じアパートを契約していた。
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