第7話 フルタイムトランス
引っ越しから数日後。必要な物も買い揃え、生活が落ち着きを見せ始めた頃に初出社の朝がやってきた。
150人以上もの日本人オペレーターが在籍するバンコクコールセンターとは、いったいどんな職場なのか?
また晒し者にされちゃうのかな・・・。
女装姿で大学の教室に足を踏み入れた朝。あの蔑むような視線がまざまざと蘇る。
ネガティブな妄想で心は押しつぶされそうだ。
しかし、ここから逃げても帰る場所はない。
「気合入れろよ!シンイチ!!」
そう自分に言い聞かせた私は、お気に入りの勝負シャツを羽織って部屋を出た。
※ ※
ここで、LGBT当事者の(取り分けトランスジェンダー)就労問題について触れておこう。
現在の日本社会において、普段から女装をする"フルタイムトランス"のMtFは水商売に就くケースがほとんどだ。(私自身も経験者)
※フルタイムトランス=24時間、女性の恰好でいること。
一般的にも良く知られるのは新宿界隈のオカマバーや女装クラブであろう。
例外的に顔がみえないコールセンターなどの職に就く者も存在するが、とにかく日本では就職が困難なのが現状だ。
最近になって、ようやく大手企業がLGBT問題に取り組む姿勢は見られるものの、その内容はまだまだ遅れている。
私は、人権だの差別だのと過剰に権利ばかりを主張する一部のLGBT団体の運動には賛同しかねる(レインボー・パレードなるお馬鹿なフェスも含めて)が、こと就労問題については声を大にして改善を求めたい。
性別、性癖、趣味嗜好は業務遂行能力とは一切関係がないはずだ。
また、自分たちの特殊性も、本人は十分わきまえている。
今後、世間の理解が深まりLGBTをカミングアウトできる時代が来ても、仕事がなければ経済的な自立が出来ない。自立が出来ないということは、そのしわ寄せが一般市民に周ってくる。
こんなにも馬鹿らしい負の連鎖はないだろう。
私たちは「働きたくない!」と言っているのではなく「働かせてくれ!」と主張しているのだ。人手不足のこのご時世、真面目で就労意欲があるLGBT人材を「引きこもり」にしておくのはもったいない。
私の予想では、遠くない未来に就職差別どころかトランスジェンダーが優遇される職種が生まれてくるとさえ考えている。
例えばだが、福祉や医療の現場では、利用者の尊厳を守り、ご家族に安心感をあたえることに我々が一役買えるかも知れない。
認知症になろうが、お婆さんになろうが、いくつになっても女は女。
中年のおっさんにオムツを替えられるのは屈辱なのだ。
タイでは、コンビニ店員から公務員まで、あらゆる職種で性的少数者が活躍している。ストレートとLGBTが自然に交わる環境が「当たり前」に構築されているのだ。
社会における啓発活動も「性交渉を行う際の注意喚起」が中心で、性的少数者についての「概要を学ぶ段階」はとうに過ぎた。
「LGBTは生産性が無い」などと、さも日本の国柄とは合わないと言いたげな保守派議員のコメントが話題になったが勉強不足も甚だしい。
日本における同性愛文化の記録は古代にまで遡るそうだ。
地球の人口爆発が叫ばれる中、むしろ子孫を残さない私たちのほうが宇宙に選ばれた「超人」なのではとすら思ってしまう。
「日本人よ!お前たちは、いつからそんなに詰まらない民族に成り下がったのか!」
と、若干、調子に乗ってしまった部分もあるが、就労問題に関しては、最優先で政府に対策を講じていただきたいと切に願っている。
そんなことを考えながら、私は会社への道を急いだ。
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