第4話 男の子の香り

 在東京タイ王国大使館でビジネスビザを取得すると、いよいよ日本を離れる日が訪れた。

季節は1月。大きなスーツケースを引きずった私は成田空港にいた。


 免税店でタバコやコスメを購入し、数少ない友人たちに出発のメールを送ると「急にどうしたの?!」と、この時初めて私のバンコク行きを知った元同僚から驚きの電話が掛かってきた。


「ちょっと気分転換」


「いっつも相談なしに決めちゃうんだね。アヤカらしいよ・・・。バンコクって治安悪くないの?」


「大丈夫。日本人もいっぱい住んでるし」


「そうなんだ。とにかく気をつけて行ってきてね!」


 搭乗開始のアナウンスが流れ、私は一人、浮かれた観光客とエロオヤジの群れの中をタイ航空の機内へと乗り込んだ。


そして、成田を離れて数時間もすると、調子に乗って煽ったウィスキーと強い頭痛薬の相乗効果で軽いトリップがやってきたのである。


     ※     ※


 話は中学1年生の頃にまでさかのぼる。


この日、運動会で発表する組体操の練習中にアクシデントは起こった。


大きくバランスを失った私たちのピラミッドが潰れてしまったのだ。


てっぺんから落ちた子の腕はあらぬ方向に曲がり、他の生徒も打撲や擦り傷など何らかの怪我を負っている。


顔面蒼白の体育教師。

教室から見下ろす野次馬。


そんな最中、保健室まで私に肩を貸してくれたのがヨキシくんだった。


「おいシンイチ。平気か?」


汗ばんだ体操着から漂う「男の子の香り」。


(いい匂い・・・)


身体の芯から妙なムラムラがこみ上げた。


捻った足の激痛は嘘のように消え失せ、高鳴る胸の鼓動だけがはっきりと聞き取れる。


 こんなエピソードがキッカケでヨシキくんが気になり始めた私は、親のすすめで入ったテニス部をあっさりと辞め、代わりに彼の所属するギター部へと転部したのである。

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