パンッと乾いた音が地下の空気を震わせる。次いでアルファのくぐもった声が聞こえた。

 「ははっやってくれたね……」

 アルファの手が離れた隙に、イッセは転がるように距離をとって起き上がった。

 「これでお前も終わりだっ」

 懸命に声を絞り出す。クロイドの溶解はすでに始まっているだろう。

 「なに君、泣いてるの?なんで?手もすっごく震えてるじゃない。恐かった?はは、君おかしいね」

 アルファに言われて頬が濡れていることに気がついた。見れば手だけじゃない、足も情けないほどに震えている。でもこれは恐怖からではない。クロイドを殺してしまった罪悪感だ。

 「ねぇひとつ訊いていいかな」

 アルファは撃たれたというのになおも余裕の表情で不気味に目を細めた。

 「君はクロイドが溶けてなくなる瞬間って見たことある?」

 「?」

 そうだ。これまで練習でクロイドが分離する瞬間は何度も見てきた。しかし溶ける瞬間は見たことがない。

 「ぼくはいっぱい見てきたよ。消える瞬間って分離するときみたいに、全身がきらきらってすごくきれいなんだ。だけどその光が体内から分離されることはない。少しずつ弱くなっていく。君は今なんの瞬間を見ているつもり?」

 イッセは唖然とした。今の話が本当ならアルファの身体は――

 「フラクスが、効かない?」

 「そうっ正解。だからね、残念だけど君の負け」

 「う、嘘だ。そんなッ」

 ――まずいっイッセ走れ!

 ヨシノの声が響いたのと同時に身体が勝手に動き出す。しかしイッセの意識が追いついていない分、動きは重い。

 ――いいから逃げろって!

 「そんなこといったって」

 ――イッセ!

 コノハが悲鳴をあげた。

 「残念。ぼくはナイフしか使わないと思ってた?リサーチ不足だね。でも大丈夫。フラクス弾じゃないから安心していいよ。だって分離されちゃったら楽しめないじゃない。ぼくは抵抗できない相手を嬲るのが好きなんだ」

 先回りしたアルファの手にはイッセのものとよく似た拳銃が握られていた。その銃口はぶれることなく真っ直ぐにイッセの胸をとらえている。にやりとアルファの口元がいやらしく持ち上がった。

 「なんっだ……」

 ぐわんと目が回り景色が傾いでいく。とっさに手をつこうとするが痺れていて感覚がない。そのままイッセは思うように身体を動かせず、ドサッと大きな音を立てて地面に倒れた。

 「ゔっ」

 ――イッセしっかりしろ!

 ヨシノの声ははっきり聴こえているのに答えることができない。アルファを睨みつけたくても眼球さえもうまく動かせなくなっていた。

 「無理に動こうとしないほうがいいよ。神経を麻痺させてるから。ふふっ地味に苦しいんだよね、それ」

 アルファはどこまでも楽しそうに、一筋イッセの胸を切り裂いた。

 「――ッ!」

 二筋目が腹に入る。三、四と次から次へと刃物がイッセの身体を傷つけていく。

 「あはは!間違って殺しちゃったらごめんねぇ」

 服は切り裂かれ、ところどころ血が滲んでボロボロだ。無惨とはこのことをいうのだろう。立て続けに襲ってくる痛みに頭が朦朧とした。いっそこのまま意識をなくせたら……

 「いいねいいね!すごい回復力だ」

 踊るように繰り出されるナイフが別の生きもののように見える。

 ――おい!ふざけんな。頼むから意識だけはなくすなよ。回復ができなくなる。

 ――いやっ!このままだとイッセ自身が持たない……壊れちゃいます!

 遠くにヨシノとコノハの声が聴こえる。アルファの弾む鼓動までもがまるで心地よいメロディのように聴こえた。

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