長月はすでに体勢を整えてクロスに手をかけている。戦う気なのだ。イッセも意識を集中させて身構えた。ヨシノとコノハにも緊張が走る。

 「さっきあんたたち、情報がどうとか言ってたよな」

 二人を有効距離に捕らえながら、長月はアルファという男を睥睨した。

 「うん。いい情報をもらったんだ。だからこうしてわざわざぼくたちが来てあげたんだよ。アーサーのワンツーを使っておいてデマだったらひと暴れしちゃうとこだったよ。日頃の鬱憤も溜まってるしねぇ。ほんと人使い荒いんだからさ」

 長月のクロスが目に入っていないわけがないのに、アルファはまったく臆することもなく、むしろこっちの緊張をあざ笑うかのような飄々とした口調だ。逆にいえばそれが自信の表れでもあるわけだが。

 「アーサーのトップだと……くそっ」

 長月の眉宇の皺が深くなる。イッセも竦然として立ち尽くした。

 トップといえばメクロイアにいる者なら一度は耳にしたことのある人物だ。その名もデス・ダガー。もちろん本名ではない。その戦う姿から勝手に誰かがつけたあだ名である。

 一般的に対クロイド戦となるとフラクスを使用するのが常套なのだが、デス・ダガーはフラクスを使わずに敵を殺すことを好むという。

 つまりどういうことかというと、回復が追いつかないほどのスピードで敵を刻みまくるというのだ。その非道でえげつない手法は敵味方関係なく周囲の人間を戦慄させた。

 「ヤバイな」

 さすがに長月も震えがきているようで一ミリも動けずにいる。

 「そういえば君さ、さっき俺は相手を殺したとしても生きるっとかなんとか言ってたよね。ぼくそういう生きがいいのは好きだよ。ふふ、楽しみだなぁ。最近やりがいがなくて飽き飽きしてたんだ」

 「殺すなよ」

 言葉を挟んだのはベータだ。

 「わかってるって。ちょーっと遊ぶだけだからさ。ベータは手出ししないでよね。ぼくの獲物なんだからッ」

 目にも留まらぬ速さでアルファの腕が動く。あっと思ったときにはクロスを握っている長月の手元に、ナイフが突き刺さっていた。

 「うがッ」

 膝を折った長月の身体を反射的に支える。全身を駆け巡る血液の流動が、イッセの腕にまで伝わってきた気がした。嫌な記憶が蘇り、掌のぬめった感触が現実のように錯覚する。

 「クソッ」

 すぐ傍で聴こえた声にハッと我に返ると、長月が歯を食いしばってナイフを引き抜いたところだった。出血も少なく傷口はみるみる塞がっていく。

 そうだ俺たちには再生能力がある。伯父とは違うんだ。

 こんなことでびびってる場合ではないと、イッセは急いで気持ちを引き締めた。

 「大丈夫か」

 「あ、あぁ」

 額を流れ落ちていく長月の冷や汗を横目に、イッセはアルファを見据えた。心臓は長月に負けないくらい激しく鳴り響いている。それでもここでやられるわけにはいかない。アズマとの約束がある。それにコノハを、みんなを守りたい。

 「ヨシノいけるか」

 心の中に問いかける。さっきからヨシノの緊張も痛いほど伝わってきているが、「嗚呼」とそれでもイッセより幾分か冷静な声が返ってきた。さすがヨシノだ。

 集中しろ。集中しろ。集中しろ。

 「ほんとクロイドの力って便利だよね。ぼくのために存在しているみたいだ」

 両手のナイフをくるくる回しながら舌なめずりをしてアルファが近づいてくる。ベータはさっきから一歩も動いていない。アルファに言われた通り傍観者を決め込んでいるようだ。

 「悔しいがやりあって勝てる相手じゃない。ここは一先ず逃げるぞ」

 長月の言葉にイッセも頷く。ただあのスピードだ。無事に逃げられるかどうかも怪しい。

 「逃げちゃうの?つまんないなぁ」

 「「3、2、1」」

 長月とイッセは同時に身を翻すと、屋上の柵を乗り越え一00メートル以上ある高さから飛び降りた。瞬時にアルファのナイフが二人の背中目がけて飛んでくる。それをぎりぎりのところでどうにかかわすと重力に身を預け落下した。もちろんアルファが追ってくるのは想定の範囲内だ。しかし空中戦となるとナイフを避けることはままならない。

 イッセは長月とアイコンタクトをとると、横滑りしながら外壁を駆けた。さすがにいくらクロイドの力があるとはいえ空は飛べない。それでも驚愕の身体能力をもってすれば、壁を蹴って隣のビルに移ることくらいできる。

 互いに頷き合い、別々のビルに飛び移る。後ろは振り返らず、とにかく今は前に進むことだけを考える。無事でいてくれと心の中で願いながら、イッセは三つ先のビルに潜り込むと息を潜めた。

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