フラクス弾というのは強制的に体内のクロイドを消滅させるための銃弾である。フラクスというクロイド溶剤が弾頭に込められており、体内に入れば一分ほどでクロイドは消滅。オーナーはただ人に返る。もちろん消えたクロイドは二度と人型に戻ることはない。という、クロイドを所有している者にとっては恐ろしい代物だ。

 っていうとやっぱりそういうことだよな。イッセはこっそりと山峰を窺った。

 「それで二人はどうかな、狙撃の腕は」

 イッセが山峰を見たのと、山峰が熱くも冷たくもない、まるで温度を感じさせない笑顔を向けたのはほぼ同時だった。ただ表面上はいつもの山峰で、それがまた恐怖を増幅させている。

 顔が強張った。山峰の視線が高宮に移動するのを、イッセは息をするのも忘れて見つめた。

 高宮も動揺を隠しきれない様子で「あたしは」と声を震わせた。自身の腕を掴んでいる右手に力が入っている。

 「結論だけいうと、良くないです。力勝負ならなんとかなるけど、望遠能力も高くないし……確実性に欠けます」

 「そうか。イッセ君は?」

 山峰の表情は貼り付けたように変わらない。

 「俺は――俺もどちらかというと懐に潜り込むほうが得意です。狙撃は……」

 経験が浅いので何とも。そう小声で付け加えるのでいっぱいいっぱいだ。

 「なるほど。視力はいい?」

 「視力は、はい」

 これは嘘ではない。

 「よし、長月君とイッセ君、二人は西側に、千川君と高宮君は東側を担当。長月君と千川君がスナイパー、実行役だ。イッセ君と高宮君はそれぞれのスポッターを頼む。私は中間点で指示を送る」

 「えっでもスポッターって、あたしは」

 「大丈夫、千川君に付いて勉強したらいい。はいっそれでは解散!」

 山峰のパンッと手を打つ音が響いた。

 各チームに一つずつ与えられている作戦室から真っ先に出て行ったのは長月だった。その後を高宮が追いかけていく。イッセも後ろで待たせていたコノハと一緒に、感知スライド式の扉へ向かった。この扉は優秀で、登録している人間及びクロイドしか通さない。

 「イッセ君」

 山峰に呼び止められてイッセは振り返った。コノハも振り返りじっと山峰を見つめている。なにを考えているのだろう。形のいい唇が固く引き結ばれている。

 そんなコノハを一瞥すると、山峰は僅かに表情を緩めた。

 「さっきとても気になっているようだったからね。君が想像した通りだよ。私は一度パートナーを失っている。彼女は二代目だ」

 彼女といわれ半歩後ろに立っていたミカサが小さく頭を下げた。そのさらに後ろでは、千川が椅子に座って腕を組んでいるのが見える。ただし俯いていてその表情はわからない。

 「傷跡は治る。でも彼女は戻らない。もちろんミカサも愛してはいるけどね、やっぱり違うんだよ。愛では何も救えない。コノハ君はイッセ君が好きかい?」

 「はい、好きです」

 迷うことなく言い切ったコノハの想いに胸が締め付けられた。嬉しい。この場でなかったら抱き締めていたかもしれない。

 「そうか。でもそれならば余計に別れる覚悟をしておかないとね。イッセ君は切り捨てる覚悟を。今回はそこまで過酷な任務ではない。けれどメクロイアの一員になった以上、この先いつ何があるかわからないからね。何事も準備をしておくに越したことはないんだ」

 山峰は呼吸を整えるように一度大きく肩で息をした。「いやすまない、話しすぎた」と視線を落としてずり下がってもいない眼鏡を押し上げる。

 「それじゃあ三時間後、今度は集合場所で」

 最期は視線を合わせず、イッセが潜ろうとしていた扉を山峰が先に通っていく。千川もゆっくり立ち上がるとイッセの前まで来て、「大丈夫、最悪の事態にはならないわ」と軽く肩を叩いて出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る