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イッセは豊国カグロの端整で人の良さそうな、それでいて隙のない風貌を思い浮かべた。
彼は豊国コンツェルン会長、豊国コウゾウ氏の次男で、官僚の一人である。アーク後の混乱に乗じ、金に物をいわせて政治家になった木偶の坊らが国を牛耳る中、親の七光りを逆手に取り、実力でのし上がってきたつわものだ。まだ若いながらもその能力は高く評価され、国民の支持も厚い。
しかし一方で改革派との噂もあり、破天荒な性格上敵も多い。とんだ食わせ物だと陰口を叩かれるのは日常茶飯事だ。おそらく今回のような目論見も、これまで何度となく計画されてきたに違いない。
「まぁ」と山峰が両手をついて立ち上がった。一同が注目する。
「いろいろと思うところはあるだろうがこれが実戦だ。着地点がわからずとも、我々の任務がアーサーを討つということに変わりはない」
つまりきちっと仕事をし、評価を上げていけばそれだけメクロイアの中での地位を確立することができる。さすれば自ずと真意に近づいていくのだから、今は大人しくしておけということだ。
「といっても新人君の多い我々のチームは石橋を叩く棒役なので、評価に値する戦果を上げることは難しいだろう。だが我々がいないと安全確認ができないのも事実だ。悪い仕事ではない。まぁ出番がなければそれに越したことはないのかもしれないが……ところで君たち、狙撃の腕は?」
「狙撃、ですか?」
狙撃訓練はイッセの場合、まだ数えるほどしか経験がない。しかも結果はまずまずとはいえない状態だ。長月とやり合った時くらいの集中力が発揮できればなんてことはないのだろうが、確実性に欠ける以上、一か八かに賭けるなんてことは避けたい。
「俺は距離800までだったら目視でゼロインいけます」
と率先して自己申告したのは長月だ。
「スコープ込みのシステムだったらいくらでも。読みは悪いほうではないかと。ただいずれも訓練用ですので実践となるとその成果のほどは読めませんが……まさか対物ライフルなんて使いませんよね」
長月の自己分析に誤りはない。ちゃんと見たのは一度きりだが、スナイパーとしての腕は一流だった。悔しいが自分も含め、上級クラスには長月の右に出るものはいなかったはずだ。
「対物ライフルね。んーまぁそれは時と場合によるかな。なんせクロイドは通常ライフル程度じゃ死なないから」
「……」
さらりと返ってきた言葉に、イッセたち新人三人とそのパートナーであるクロイドは一様に青ざめた。
「君たち実弾をうけたことはまだないよな。んーあれね、銃弾の種類にもよるけどかなり痛いから、覚悟しておいたほうがいい。意識だけは飛ばすなよ」
山峰は淡々と、さもなんでもないことのようにそう言い放つと、ふっと自嘲気味に笑った。それはわざとではなく、無意識に零れてしまった、そんな息苦しさを感じる笑みだった。
「それって山峰さんは銃弾をうけたことがあるってことですか?」
すかさずそう切り替えしたのは高宮だ。イッセも気になって固唾を呑んで答えを待った。
山峰はそんな二人に向かって意味深に口角を吊り上げると、眼鏡をくいっと押し上げ得意気に「ふふん」と鼻で笑った。そこにはさっきまでの暗雲を感じさせる空気は微塵も残っていない。いつもの山峰だ。
「ま、ということで銃弾は対クロイド専用のフラクス弾を使用。クロイド消滅後、別班がアーサーを処分することになっている」
処分って――と高宮は唇を戦慄かせたが、イッセは話を突然終わらせられてしまったことに落胆していた。一方の長月は隣で思案顔だ。
「だからそうだね、さっきは時と場合によるといったけど、今回はとにかくフラクス弾を当てることが目的だから、対物ライフルは使わない。そこまで派手なことはしたくないそうだ。よかったな、長月」
正面から肩を叩かれ、長月は神妙な面持ちで頷いた。
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