孤児院でのこと、ここに来るまでの想い、そして突然やってきた特別待遇の男のこと。

 初めて聞いた長月の想いに、イッセは複雑な心境だった。しかし「あぁなんだ、嫉妬ね。長月君も可愛いところあるんだねぇ」と山峰は簡単にそれらを一蹴してしまった。

 呆気にとられたのはイッセだ。長月も憤懣をぶつける勢いで反駁しようと、身を乗り出している。しかし山峰は長月の攻撃ををさらりとかわすと、徐にイッセに目を呉れた。反射的にズザザっと(実際にはバシャバシャと)後ずさる。

 「んで、イッセ君はどうしてそんな反感を買うような態度をとっていたんだい?」

 眼鏡越しにはわからなかった山峰の切れ長の瞳が光った。キラリッという効果音が聞こえてきそうだ。

 「えっと俺は……ひぃっ」

 徐々に距離を詰める悪魔の笑顔に、思わず膝を抱いて縮こまった。自分の身は自分で守らねば。

 しかしこうなってはお手上げである。イッセは早々に観念して口を開いた。ただし神代とヨシノのことは除いて。

 「……なるほどね。つまりイッセ君は他人を巻き込むのが怖いわけだ」

 長月にまじまじと見つめられて居心地が悪い。

 「ただね、一つ言っておくよ。私たちはもう他人じゃない。巻き込むとか巻き込まれるとかって次元ではすでにないんだよ。いいかい、これからは互いに互いを助けていかなくてはならないんだ。いうなれば我々は運命共同体なわけだからね」

 真剣な山峰の言葉は胸に重く圧し掛かった。運命共同体などと大げさすぎる言葉も不思議と素直に頷ける。長月も同じ気持ちなのか、黙って山峰の話に耳を傾けているようだ。

 「戦場で生き抜くために一番大切なもの、それがなにかわかるかい?そう、信頼だ」

 信頼。よく耳にする言葉だが、今山峰の口から発せられている信頼はそんな軽いものじゃない。

 「この先は訓練じゃない。生きるか死ぬか二つに一つなんだ。私も、それに千川だって信頼できる者に命を預けたいと思っている。長月は大切な高宮君を守りたいんだろ?」

 山峰の意味深な眼差しにイッセはハッと長月を見た。なんだよと居心地悪そうに視線を外され、確信する。

 ――お前ってほんと鈍いよな。

 そりゃそうだ。生まれて十五年、恋愛というものに縁がない。

 「青春だねぇ」と山峰が呟き、そのオジサン臭い言い方に、思わずあんたはいくつだよと心の中でツッコみを入れた。

 好きな人か。コノハに対する想いと似たようなものなのだろうか。想像でしかないが、純粋な想い人のいる長月が少し羨ましくもあった。

 「今のままでイッセ君に高宮君の命を任せられるかい?」

 決してからかっているのではない山峰の口調に、長月は眉根を寄せてぐっと口元に力を入れた。

 「イッセくんも。誰にも傷ついてほしくないなら、みんなを信頼するだけじゃない。みんなに信頼されるようにならないとね」

 「――はい」

 山峰の鋭い瞳が優しく細められる。意外にも笑った顔は人懐っこい。

 「よしっ。そうと決まれば友情の証が必要だな。さぁ遠慮なくハグしたまえ」

 「「……」」

 この後、ミカサの力で強引にくっつけられそうになった長月とイッセが、見事な連携プレイで山峰を湯船に沈めることに成功したことは、ここだけの話である。

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