「実質ガインズは消滅した。あちらさんが仕掛けた今回の掃討作戦は成功したと言わざるを得ない。誰か内通者がいたとも考えられるが……今のところははっきりとしたことはわかっていない。もちろん、君たちを疑っているわけではない、が心得て置くように。裏切り者に与えられるのは死よりも凄惨な生だ。クロイドはなかなか死なせてくれないからな」

 最後に「以上!」と締め括られて、この日の特別召集は解散となった。

 イッセはコノハの歩幅に合わせて歩きながら、新しく与えられた寮の部屋へと向かった。本部の建物にあった真っ白な箱よりかはそれなりに生活感があって過ごしやすい。それに薄い壁一枚の間切りとはいえ、別部屋でクロイド専用の部屋が用意されているのが有り難い。

 コノハも快適なのか、時折隣からは楽しげな鼻歌が聴こえてくる。ただ残念なことに音感部分の能力が激しく欠乏しているがために、大好きらしいその童謡のメロディーもアレンジが効きすぎていてわからない。新しい歌を覚えたのかと思って曲名を訊けば、当たり前のように毎度同じ名前を告げてくるのだから驚きだ。しかしそんなところも可愛いなと思ってしまうのは、オーナーならではの親の欲目的なやつなのだろうか。仕舞いには「入るときはノックしてくださいね」と念押しされて、その日はあろうことか寝付けなかった。

 だがそんなコノハも今はシュンとしている。それだけガインズの事件は衝撃的だったのだろう。イッセとて何も話す気になれず、グレーの壁に覆われた長い通路をひたすら黙々と進んでいる。

 本部からの説明を要約するとこうだ。

 今回の抗争は過去に類をみない大規模なものだった。しかしアーサーに襲撃された時間が深夜だったことと、ガインズの本拠地が地下深くにあったことが幸いして、民間人の被害者は一人も出なかった。そのため事件は国に揉み消され、一般国民に向けてわざわざ報道されることもない。ガインズのメンバーが大量に虐殺されたというのにだ。

 イッセの中には話を聞いてからというものずっともやもやしたものがわだかまっていた。

 なんでここまでガインズは狙われなくちゃならない?ガインズは完全なる悪なのか――?

 先輩たちがひそひそと話しているのを聴く限り、どうやら周到な包囲作戦だったらしい。大量のアーサーが投入され、逃げ場を完全に失ったガインズは嬲り殺し状態だったそうだ。話を聴くだけで吐き気がする。

 あの時も今回同様にターゲットはガインズだった。しかしそれは神代の息子であるイッセを狙ってのことだったと聞かされている。

 それじゃあ今回のはどうだ?ガインズを襲った理由は?不穏分子の駆逐か?それだけで……?果たして意味のある抗争だったのだろうか。それともただの見せしめか……

 ぶるりと悪寒が走った。

 「まさか俺のせい、とか?」

 声に出してみるといかにもそれが正しいように思えてくる。

 ――あのさぁ思い込みが激しすぎるのもどうかと思うぜ。

 ヨシノの呆れた声が溜息混じりに聴こえてきた。

 ――お前はいつもそうやって一人で抱え込もうとする。悪い癖だな。

 そうかもしれない。でも――

 不意に指先に柔らかい感触がして右手を見た。白い指が遠慮がちにイッセの手に添えられている。顔を上げると心配そうにイッセを窺っているコノハがいた。

 まるで「わたしもいますよ」とでも言いたげなその表情に、イッセは周囲の目を憚ることなくコノハに抱きついた。

 「イ、イッセ?」

 頓狂な声も今は癒しだ。

 「ごめん、もう少し……」

 コノハのひんやりとした華奢な手がイッセの背中に回る。人間に似た、人間とは違ういきもの。それでも泣きたくなるほど腕の中が優しいのはなぜだろう。

 このときばかりはいつも煩いヨシノも黙ってイッセに総てを任せてくれていた。

 あぁ、このままなにもかも忘れられたらどんなにいいだろう。みんなが生きていた、あの平和な時間に戻りたい……

 「ゴホンッ」

 わざとらしく立てられた咳に、イッセは無理矢理夢から目覚めさせられた後のように緩慢な動作で顔を上げた。

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