第三章 【初陣】

 メクロイアに欠員が出たのはそれからすぐのことだった。つまり再起不能になった者が出たということだ。報告を受けた本部には緊張が走った。

 欠員は九名、内五名が死亡。四名が重傷だ。学校を挙げての葬儀は粛々と行われた。何度経験してもこの葬儀というものだけはどうにも慣れない。

 「他人事じゃないよな……」

 どこかから聴こえてきた沈鬱な呟きは、一筋のメスとなってイッセが慎重に抱えていた袋に無遠慮に傷をつけた。不意を突かれ、為す術もなく呆然と成り行きを見つめる。

 途方途轍もなく膨れ上がっていた闇を押し込めていた唯一の防壁だったその袋は、唐突にもたらされた出口に動揺して瞬く間に存在を失っていった。

 息が詰まった。我先にと溢れる闇に呑まれ、あの日の出来事がフラッシュバックする。

 「なんで……父さん。なんでイッセを庇ったんだよ……なんでサクラじゃなくてイッセを庇った!」

 血で赤く染まったサクラを胸に悲痛な叫び声を上げたのはユキだった。

 「サクラは……サクラは父さんの子じゃないか!」

 「……ユキ」

 「サクラは女のコでっ自分の身だって守れない。誰かが護ってやらなくちゃいけなかったんだ。それなのにっなんで!」

 「ユキッ」

 窘めるアズマの声を無視してユキは続けた。

 「なんでイッセなんだよッ父さんの子でもないイッセがなんで……」

 頭が真っ白になった。その一方で全身がブラックホールになってしまったかのような果てしない虚無感に襲われる。現実を拒絶するように、イッセは耳を塞ぎ、固く固く瞳を閉じた。

 「忘れるな」アズマの声が闇の底に静かに響いた。

 「お前は生きなくてはいけない。お前だって父さんの子なんだ」

 震えるイッセの身体を抱きしめたアズマのぬくもりが、閉じ籠った殻ごと優しく包み込む。

 俺は……俺は……

 ずっとこの優しさに甘えて生きてきた。でもそれは間違いだった。思い上がりだったのだ。現実はそう甘くない。与えられたものが本物か偽者かなんてことは関係ない。必要なのは確かな事実だけで、イッセという存在の指標は、アズマの子どもでないという事実のみなのだ。

 胸がはち切れそうになるのを、イッセは唇を噛みしめ必死に堪えた。口中に鉄の味が広がる。

 「俺は……生きる。父さんが守ってくれた命だから。絶対に死なない。死んでなんかやらないよ」

 自分に言い聞かせた言葉だった。自らの呪文で雁字搦めにするために。

 「いい子だ」

 腕の力が緩み身体が解放される。肩に添えられた大きくてごつごつした力強い手に、イッセは自分の手を重ねた。

 泣くのは後だ。今は……

 「父さんッ」

 刹那、ユキの鋭い声が飛んだ。アズマの手がぐっとイッセの肩を強く掴む。なにが起こったのか理解できないまま、イッセは肩にアズマの重みを感じていた。

 「な……に?」

 アズマの表情は陰になって見えなかった。がなにかをひどく我慢しているような荒い呼吸音だけが聞こえてきた。

 「父さん?ねぇどうしたの?父さん……」

 アズマの身体が静かに、しかし大きな意思をもって傾いでいく。

 ぞわぞわとイッセの背中を無数の虫が這っていくようなおぞましい感覚が駆けていった。

 とっさに抱きとめた手が、アズマの背中でヌルリと滑った。視界に男の薄笑いとユキの蒼白になった顔面が映る。

 「神代イッセ、お前は疫病神だ。残念だがお前のせいでガインズは消滅する」

 男は高らかにそう宣言するとアズマの身体に手を掛け、強引にイッセから引き剥がした。

 「このやろぉぉぉぉッ」

 無我夢中だった。イッセは渦巻く怒りを咆哮にぶつけると、感情に任せて男に突進していった。怯む男にこれでもかと拙いパンチや蹴りを喰らわせる。全然効いていないとわかっていても止めることはできなかった。

 視界が揺れる。男も、人形のように動かなくなった父さんも。なにもかもが見えなくなっていた。

 「イッセ……俺はお前を許さない。絶対にっ許さないからなッ」

 ただ遠く背中に聞こえたその声だけは、鮮明な映像となってイッセの脳裏に焼きついた。人のものとは思えないほどに禍々しく、まるでそこに負の感情が全て凝縮されでもしているかのようなユキの叫びは、深く深くどこまでも深くイッセの心を浸食した。


 

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