男は自己主張の強い、決してセンスがいいとは言い難い蛍光フレームの眼鏡を掛けていた。しかも黄緑とピンクのツインカラーという奇妙キテレツこの上ない代物だ。初対面ならば百人中百人が声を揃えてこの男の印象を〝めがね〟と言うことだろう。それほどまでに眼鏡の印象が強く、そしてそれほどまでに本人の印象は薄かった。確か名前は咲山といっただろうか。その程度の認識しかない。

 レイがちらりと長月のほうに視線を走らせる。敵は一人減ったようだが、まだ戦いの最中らしい。

 こんな同士討ちなんてやめてさっさと咲山を撃てばいいのにとイッセは思うが、一度こうなってしまった以上、レイとしても引くに引けないのだろう。ナツキと忙しなくアイコンタクトを取っている。

 イッセはまだ青の濃い天を仰ぐと不承不承嘆息した。

 仕方ない、ここで試してみるか。うまくいけばいいけど……

 さっき体験したばかりの感覚を慎重に呼び起こさせる。ぶわっと毛穴が開き、指先まで力が満ちていく。一点に集中すれば血液の流れまで感じとれそうだ。

 イッセは局部的に力を溜めると、レイに押さえ込まれている腕を一瞬にして引き抜いた。と同時にレイの身体が宙にきれいな弧を描く。力の加減はまずまずだろう。

 わけのわからないまま身体を地面に叩きつけられたレイは呆然と空を見つめている。どうやら自分の状況が把握できていないようだ。ほうっと咲山の片眉が跳ね上がった。

「うん。今日の俺はやれる」

 イッセは感覚の研ぎ澄まされた拳をぎゅっと握り締めた。希望的観測が確信へと変わる。

「おもしろい。あなたがこんな能力を隠し持っていたなんて気が付きませんでしたよ。まんまと騙されてしまいました」

 眼の前にはわざとらしく手を叩き囃し立てる咲山が一人。それ以外のメンバーは見当たらないが、どこか近くの物陰にでも隠れているのだろう。頃合を見計らって飛び出してくるに違い。それか長月たちに隙ができるタイミングを別のところで狙っているか。だとすればこちら的には都合がいいが……

「おいイッセ、勝手なことするなよ。今はこいつらと戦ってる場合じゃない。長月たちと合流するのが先だからな」

 ――ケッさっきまで敵対していたのに今は仲間扱いか。いいかげんだな。

 服についたほこりを掃いながらレイがすかさず釘を刺してくる。ようやく状況が飲み込めたようだ。

「おやおや、敵前逃亡ですか」

「何とでも言え。俺たちはいったん態勢を整える。どうせお前らせこいことしか考えてねぇんだろうからな」

「人聞きの悪いことを」

 じりじりとレイとナツキが咲山から距離をとるように後退する。

「ちっイッセは後回しだ。行くぞっ」

 レイは不満たっぷりにイッセを睥睨すると一気に駆け出した。

「逃がしませんよ」

 咲山の足が音もなく地を蹴る。

 速い――

 ともすれば長月と同じかそれよりも速いかもしれない。脇を駆け抜けていく咲山の手がレイを捕える。イッセは狙いを定めると足に力を集中させて一直線に飛んだ。レイにぶつかるすれすれのところで咲山の手を弾き飛ばす。

 見事な瞬発力で咲山がイッセと距離をとる。瞬刻、レイと視線を交わしたが、レイはその場に立ち止まったイッセを横目に、なにも言わず先を行くナツキの後を追っていった。

「あらら。置いていかれちゃいましたね」

「まぁそうだね。でもどうやら俺は邪魔者みたいだからこれでいいのかな」

「ふふ。随分自虐的なんですね」

 薄く笑う咲山の瞳はどこか楽し気だ。

「おかげさまで」

 イッセは答えるやいなや咲山に飛びかかった。さっきとは比べ物にならないスピードだ。しかし咲山も負けてはいない。うまいこと身を翻すと壁を使って跳躍した。上からの攻撃に備えつつイッセは反撃の体勢をとった。咲山を鋭く見据える。

「いい覚悟ですっ」

 ダサい眼鏡がきらりと光る。咲山の蹴りが眼前に迫った。イッセは空気の振動から軌道を読むと、それを寸前でかわし、次の攻撃を繰り出そうとしている咲山の先手を打った。

 腕を捻り上げなんとか動きを封じることに成功する。それでも咲山は諦めていない。コンマで生じた僅かな隙を突いて、イッセは咲山の首元に手を伸ばした。

「――ッ」

 分離スイッチを押された咲山の身体が頭の先からつま先まで眩い光に包まれる。分離が始まったのだ。イッセが掴んでいた腕を離すと、それを待っていたかのように、より強い光が全身から放たれた。この瞬間はいくらダサい眼鏡の咲山であっても本当にきれいだと思う。

 光分解して再構築されたクロイドを見届けて、イッセはその場を後にした。

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