・
「3、2、1……GO!」
長月と高宮が、息の合った動きで大きく迂回するように敵の前へと躍り出た。それからワンテンポ遅れてイッセが敵陣の背後をつくように回り込む。気配を消しつつ、俊敏に。
大丈夫、誰も気づいていない。
虚を突かれた敵が慌てて反撃に打って出た。さすがパワー系だ。真っ直ぐ囮の二人に突進していく。途中で相手が二人しかいないことに気がついたリーダーが、瞬時に辺りに視線を走らせた。
「まずいっ長月は囮だ!くそっいつも実行役だから騙されたぜっ敵に背を向けるなよ。固まるな!って……うそ、だろ……」
真後ろに立つイッセの存在に気づいたリーダーが言葉を失い刮目する。作戦は成功だ。
「まさかイッセが実行役だったとはな」
男はそう苦々しく吐き捨てると、悔しさに顔を歪ませた。
「リーダーッ」
仲間の一人が、突如膝をつき頽れたリーダーの元へと駆け寄っていく。それをイッセは離れた位置で見守った。有効距離まであと少し……
「おいっリーダーっ」
急いで助け起こそうと試みるが、分離はすでに始まっている。こうなってしまってはもう救出は不可能だ。
「逃げろ、早くっあいつ――イッセが……ッ」
「イッセ?」
男が訝しげに周囲を見渡した。がリーダーの言うイッセの姿はない。
「いいから逃げろッ」
「わ、わかった」
あまりの剣幕に、支えていたリーダーの身体を壁に寄り掛からせると、急いで見通しのきく開けた場所を探し出す。
「ここからだと仲間の場所に戻るのがいちばんか」
後方では残りの三人が長月たちと戦っている。男は神経を尖らせ注意深く後退を始めた。
その刹那だ。耳元に空を切るような鋭い風を感じて立ち止まった。
まずいっ。瞬時に臨戦態勢を整えるが、どうにも平衡感覚がおかしい。真直ぐ立っているはずなのに身体が斜めになっているような錯覚に陥る。それからすぐに激しい立ちくらみに襲われて、男は反射的に傍にあった手すりに手を伸ばした。
「うあッ」
みるみるうちに分離が始まっていく。本当にイッセなのか?男は信じられない様子で自分を見下ろしている影を凝視した。
あと三人……頭を打てばなんとかなると思っていたが、どうやらリーダーよりも残りの面子のほうが動きがいいようだ。
イッセは三人の様子を伺いながら長月と高宮の動きを同時に目で追う。いや、目でというよりも感覚を研ぎ澄ませて感じ取るといったほうが近い。
長月は動きに無駄がない。応戦する三人をうまい具合に翻弄している。一方の高宮も長月のつくった隙をついて着実に相手の動きを鈍らせていっている。確かに最強のコンビかもしれない。客観的に判断するに、二人でもこのまま殲滅できそうな勢いだ。
イッセは不意に殺気にも似た気配を感じて振り返った。視界にナツキとレンの姿が映る。長月たちに神経を集中させていたせいで気づくのが遅れてしまった。
「ちょっ」
とっさに避けるが脇腹をレンの足がかすっていった。反動で尻餅をつく。
「俺たち……仲間だよね?」
声が上擦るのを感じる。二人の姿に最悪のイメージしか沸かないのは、これが想定の範囲内の出来事だからだ。
「仲間?違うだろ。あんたを仲間なんて思ってるやつはここにはいないよ」
レンの嘲りが頭上に棘となって降ってくる。
「俺たちにあんたを襲うように指示したのは長月なんだからさ」
――やられたな。
ヨシノの苦虫を噛み潰したような声と、コノハの息を呑む気配が重なる。
「おとなしくやられてくれよ。俺たちの足手まといにならないようにさっ」
正面に繰り出されたレンの拳をぎりぎりでかわしながらイッセは反射的に後ろに飛び退いた。がしかし後ろに先回りしていたナツキの足払いに遭い、身体が大きく傾いでいく。踏ん張りがきかずスローモーションで景色が横転していった。
「ナイス」
得意気なナツキの顔が景色と一緒に流れていく。なんとか受身だけでも取ろうと身体を捻ると、ドスッと重たい音と一緒に腹に鈍い痛みが走った。クロイドの再生能力で怪我の治りは早いとはいえ、痛いものは痛い。イッセは潰れた蛙のような呻き声を上げ、地面に転げた。
「よし、これで……ナツキっ」
「はーい」
レンはイッセに馬乗りになるとナツキに合図を送った。
レンとイッセは体格的にはそう差はない。あるとすれば能力の差だろう。しかしイッセはこれまで何かに特化した能力を授業で開花させたことはない。それは二人に限らずクラスでは周知の事実だ。明らかにイッセのほうが劣勢だと二人は思っている。この状況ならば勝ちを確信しているに違いない。
しかし今日のイッセは違った。今までにない実戦型の試験のせいか、驚きの集中力を発揮していた。動きは軽いし、力も無理矢理抑え込まずとも制御が利く。そのおかげでさっきも敵の二人を簡単に仕留めることができた。
イッセはじっと腹案が悟られないように、逸る気持ちを遣り込めながら二人の隙を窺った。
「おっと、仲間割れですか。さもしいことで」
「レイッめがね!」
ナツキの短く鋭い声が頭上を飛んだ。馬乗りになっているレツにも緊張が走る。
「いやいや潰し合いをしてくれているのなら結構。我々は傍観していますよ」
イッセは首を廻らせて〝めがね〟と呼ばれた男を見た。どうやらナツキの表現は珍妙に的を射ていたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます