メクロイアは基本五人でチームを組んで行動する。授業ではランダムに振り分けたチームで実技試験を行い、個人の特性や相性をチェックする。このチーム戦である程度の好成績を出すとメクロイア候補生として昇級できるという仕組みだ。ソロプレイよりもチームプレイを重要視するメクロイアならではの選抜方法である。

 つまりいくら個人の成績が良くてもチームワークが悪ければ昇級できない。逆に個人ではいまいちでも、チームで力を発揮できれば昇級することもありえるというわけだ。

 この話を聞いたときのイッセの落胆ぶりといったらそれはもう酷いものだった。

「なんのために狼やってると……ってうわぁーもうっ」

 正直いって今のクラスに仲間は一人もいない。ましてや友達と呼べる人間なんて……

「こんな話聴いてない。チーム組まないとメクロイアになれないなんて」

 隣でコノハは術なく途方に暮れている。ヨシノはぽつり、「めんどくせーな」と呟いた。それは俺がか?と食ってかかりそうになってコノハに寸でのところで止められた。

「イッセはただ誰も巻き込みたくないだけなのにね」

 気遣うコノハにますます気分が落ちる。確かにそれがイッセの本心ではあるのだが、客観的に聞かされるとなんとも痛い発言だ。そして本気なだけに余計に恥ずかしい。

 ――まぁでも理に適ってるよな。単体で動くよりチームのほうが効率よく敵は片付く。アーサーだってチームで行動してんだろ?そこに単体で乗り込むほうが無理っていうか無茶っていうか。

 ごもっともなヨシノの言葉にイッセは深く項垂れた。

「明日か……大丈夫かな、俺……」

「大丈夫、わたしがついてます。一緒にがんばりましょう」

 わしっと握られた手から、コノハの、クロイド特有の心地よい冷たさが伝わってくる。女のコと手を繋いだことなんて数えるほどしかないのに、ドキドキするどころか不思議と落ち着く。それでも「ね?」と顔が近づけば、反射的に胸が高鳴った。

 ――ったくコノハ、お前がいちばん心配なんだっての。

 ケッと吐き捨てるヨシノを無理矢理奥底に押し込めると、イッセは最上級の笑顔を湛えて、コノハの柔らかい手を握り返しながらもちろん一片の疚しさなどなく「ありがとう」と万謝した。


 次の日のチーム分けで、イッセはあろうことか初っ端から長月と高宮と組むことになった。幼馴染だという二人は誰がどう見ても仲の良いカップルなのだが、本人同士は否定している、らしい。

 そう。らしいなどという情報はどうでもいいのだ。重要なのはイッセがこの二人を特に苦手としている事実だけである。いずれ組むときが来るにしたって、どうしてそれが同時に来てしまったのか。これが神の采配だというのなら、不遜ながらも神を憎まずにはいられない。

 だがそんなイッセの腹立ちはすぐに無意味と化した。なぜならイッセがこの学校に来る以前から、二人はすでにペアだったと聞かされたからだ。これまでの検証で二人は共に行動したほうが最も能力を発揮できると立証されていたのである。幼馴染は伊達じゃないということだ。

 つまりどう転んでも来るときは二人まとめて来る。それが早いか遅いかというだけのことだったわけで。そもそも人数的に三チームしかつくれないのだから、順番なんてあってないようなものなのだが。

 ならば早いうちでよかったか。とプラス思考に置き換えてみる。最初に当ってしまえばこの先当たる心配をすることもなくなる。

 ――お前って、知ってたけど結構しょぼいよな。

 腹は立てども返す言葉もない。

 ――いいじゃん、この際みんなと仲良くしよーぜ。ここにいるやつは少なくともサクラやアズマのような一般人じゃねーんだ。融合してれば簡単には死んだりしねぇよ。それに、お前に心配されるほど弱くもねぇ。俺はお前のほうが心配だ。

 ごもっとも。

 ヨシノの言っていることは正しい。他人に気を遣えるほど余裕がないことくらい自分でもわかっている。

「けどっ」

「イッセ君、よろしくね」

 徐に言葉を遮られ、足元に影が落ちた。ズイッと眼前に差し出された手の持ち主をあえてゆっくり辿っていく。大体の予想はついている。だからこそのスローモーションだ。逆光だがその顔ははっきりとイッセの目に映った。

 やっぱりか。隣にはもちろん……だよな。

 おそらくこれはトラップだろう。手を握り返した瞬間、大変なことになるに違いない。素直じゃないなとヨシノに笑われたが、そんなことは知ったこっちゃない。

 イッセは目の前の手にはあえて触れず、隣に立っている長月に目をやった。笑顔、ではあるがその胸懐までは読めない。

「よろしくな」

「あ、あぁ」

 頬の筋肉が重力に逆らってひくっと上がる。

 静かに手を引っ込める高宮の、寂しげな表情が視界に映った。ちくりと胸が痛んだが後の祭りだ。あーあとヨシノに呆れられながら、イッセは黙って目を背けた。「あとで謝ろう」というコノハの言葉に、情けなくも小さく頷きながら。

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